この辞典には、よくある敬語の誤用も載っています。例えば、こんな感じです(各項目の説明の中から、誤用に関する部分を抜粋しました)。
うかがう 伺う ×「(客に向かって)係の者にお伺いください」 →係の者にお尋ねください *「係の者」を高めるため不適切。
お~する ×「(ご自分で)お持ちしますか」 →お持ちになりますか *尊敬語として使わない。
おっしゃる *「おっしゃられる」は、「言う」の尊敬語「おっしゃる」に、さらに尊敬語「れる」を加えた二重敬語。
ご~する ×「(ご自分で)ご連絡しますか」 →ご連絡なさいますか *尊敬語として用いない。
もうす 申す ×「先生が申されたようにさせていただきます」 *尊敬を表す場合は「おっしゃる」「言われる」。
さて、敬語の話題で、「お求めやすい価格」は「お求めになりやすい価格」にするのが正しい、とよく言われます。「求める」を、尊敬を表す「お~になる」の型に当てはめて「お求めになる」、それに「やすい」をつけた形だから、「お求めになりやすい」。形としては、その通りだと思います。ただ、私はこの説明に、いつもちょっとした違和感を覚えていました。
まず、「お求めやすい価格」は(言い方の正誤はともかく)、消費者に向けた「値段が安い」ことのアピールです。この場合、「求める」という行為の主体は買う側ですから、「お求めやすい価格」は「(買う側にとって)手を出しやすい価格」という意味になるでしょう。もっとあからさまに言ってしまえば、「あなたがたでも払えそうな額」が「お求めやすい価格」です。なんだか、こちらの財布の中が見透かされているような気持ちになってこないでしょうか。「おい、わしが金持ちでないことをなんで知ってる!」「あら、わたくしにはお金がないとお思いですの?」などと言い返すくらいの余地はありそうです。そうした内容であるにもかかわらず、「敬語の使い方が間違っているから、買う側に対する正しい尊敬語に直して表現しましょう!」という主張は、どこかねじれた感じがするのです。
仮に、私が有名なIT長者かアラブの大富豪だとしましょう。“そんな私”であっても、店員さんは「お求めやすい価格ですよ」と言うでしょうか。たぶん、言いません。つまり「お求めやすい」は、もともと買い手(庶民)の懐事情に踏み込んだ表現といえます。なのに、判で押したように、正しい尊敬語に直して「お求めになりやすい」と言いましょう、という論調になっているのが引っかかるのです(もちろん、店員さんたちが普段からそういうことを意識して使っていると言っているわけではなく、表現自体がそんな意味合いだということです)。
「お求めになりやすい」がいくら敬語として正しい言い方だとしても、私自身、目上の人に向かって、「この車だったら、先生にもお求めになりやすい価格だと思います」などとはまず言えません。他人の、それも目上の人の懐具合を推察して物を言うようなこと自体、失礼な感じがするからです。逆に、若い人から「先輩にもお求めになりやすい価格だと思います」などと言われたら、ちょっとムッとするかもしれません。それがどんなに正しい敬語であっても。みなさんも、そうではないでしょうか。
繰り返しになりますが、「お求めになりやすい」が敬語の形として正しいというのは理解しています。ですから、それを示すこと自体は意味があると思っています。この用字用語辞典にも初版から「×お求めやすい →お求めになりやすい」ということは示されています。そして、これも初版からですが、さりげなく「敬意を含めなければ『求める』に『やすい』をつけて『求めやすい』」と書いてあります。「求めやすい」はそれ自体、あまり出番はありません。これはなかなか“意味深”です。
例えば、店員さんが「飲みやすい青汁」であることを丁寧に言おうとして、うっかり「お飲みやすい青汁ですよ」と言ったとします。で、それは敬語の使い方として間違いだから、「お飲みになりやすい青汁ですよ」にすべきだ、と声が上がる——。「お求めやすい→お求めになりやすい」に当てはめれば、そういう流れです。しかし、本来、伝えたかったのは、「苦みや青臭さがない」「マイルドでおいしい」「すっきりとした後味」といった商品の特長(飲みやすさ)そのものだったはず。それが、尊敬語に直すことで、飲む人への敬意を前面に押し出した言い方にすりかわってしまいます。でも、「お飲みやすい青汁ですよ」は、「お飲みになりやすい青汁ですよ」に直す以外に、「飲みやすい青汁ですよ」に直すことだってできます。必ずしも尊敬語にしなくてもいいんだよということを、「敬意を含めなければ……」の一言が示唆しています。
「お求めやすい価格」も、もともとは「値段が安い」ことのアピールだったはずなのに、「お求めになりやすい価格」に直した途端、買う人への敬意を強調する言い方に変わります。ただし、これも必ずそう直さなければいけないわけではありません。では、「お求めになりやすい価格」を使わないとしたら、他にどんな言い方が考えられるでしょう。「お安くなっております」「お手頃価格(ご奉仕価格)です」「お値打ち品です」「大変経済的です」「絶対お買い得です」「とてもリーズナブルだと思います」……。個人的には、そうした表現のほうが、尊敬語を駆使して、慇懃(いんぎん)に「お求めになりやすい価格です」と言われるより、抵抗感がなくなります。

今回のタイトルは、「『使える!用字用語辞典 第2版』出版記念リレーエッセー」ということを意識して、「『お使いやすい辞典です』⁉」としてみましたが、もちろん、これは正確な形ではありません。ただ、「お使いになりやすい辞典です」に直すのが正解!と声高に言うつもりもないことは、すでにおわかりいただけたかと思います。では、こちらも別のPRの言葉を考えてみましょう。「使い勝手の良さは保証します」「一度使ったら手放せません」「かゆいところに手が届く一冊です」「唯一無二の用字用語辞典です」「全国の書店員が絶賛!」「お客様満足度100%!」「控えめに言って最高‼」……。(おいおい、ちょっと言いすぎじゃないのかい?)




