お隣の韓国では、大学で得られる「単位」のことを「学点」(學點 ハクチョム)と呼ぶのは、日本語のばあいよりも的を射ていないだろうか。ベトナム語でも「単位」(ドンヴィ)だが、中国では「学分」(シュエフェン)という。
韓国での成績評価は、日本と似ているが少し違っていて、「秀」「優」「美」「良」「可」となっている。かつて、それらのハンコを通知表に押す学校もあったようだ。むろん、現在では、日本語に訳した成績証明書などを除き、ハングルで「수」「우」「미」「양」「가」という表記に変わってきている。これは小学校では通知表にも使われていたそうで、「スウミヤンガ」と続けて覚えているそうだ。ともあれ、なんと成績に「美」があるのだ。
韓国の人にとっては、これは当たり前のことで気にすることもないそうだが、日本人からするとニュアンスがわからない。留学生の携えてくる高校以降の成績証明を面接などで見ると、やはりハングルで記されている。ミャンマー辺りの生徒の成績証明書の原物は、どれもクルクルとした模様のように見えてしまい、それらが良いのか悪いのか全く見当が付かないが、ハングルも慣れていなければ、パッと見では優秀なのかどうなのかなかなかつかみにくい。
実際に、現在の韓国の学生は、「秀」や「美」という漢字を知らずに、音だけでそれらを成績の序列としてとらえているケースが多いそうだ。つまり「美人」や「美醜」の「美」と結びつけず、あたかもドレミのミのようにとらえているのだ。中学で漢文を習ってはじめて、それらの個々の漢字と意味を知る。逆にそういった機会がなければ、それは無理もない。漢字を廃止すれば起こる当然の帰結である。訓読みを定着させなかったことも、字義の把握を困難にしたという面がある。
この「美」という成績評価は、日本人であれば、「この上なく素晴らしい成績に違いない」などと感じてしまう人も少なくない。しかし、これが平均か中の下くらいで、あまり芳しいものではないのだ。「不可」は小学生には酷なので、それをなくすために「美」を加えて、一つずらしたのであろうか。それにしても一般に知られているように「八方美人」が純粋に褒めことばになるような、一部で「美人大国」などとも称される国である。中年男性でも整形手術をしないとなかなか出世できないとも報じられる。ミスコリアでも、第1位(グランプリ)、第2位(準グランプリ)、第3位までが「真」「善」「美」(진 선 미)と表現されており、「美」は意外なことに最高位にはならないようだ。
その「美」が加わって、「良」「可」が1つずれて、「可」は日本でいう「不可」、つまり落第だ。学校によって違うのかもしれないそうだが、ともあれ日本の女子学生はいう、「「可」が日本でいう「不可」であるというのはなかなかいい。「不」の字を見るとなんだか気持ちが沈んでしまうので、「不」は成績関連では使わないほうが精神的には良いです」。
ベトナムは、漢字を公用しなくなってから1世紀以上の時を経ているが、成績の表示はどうなっているのだろうか。ベトナムの知人たちに教えてもらったところ、近年、教育省は大学については以下のように定めたという。右端は語義、括弧のないものが純粋な漢越語である。
A=100~85=Giỏi (賢)
B=84~70=Khá (可)
C=69~55=Trung bình 中平
D=54~40=Trung bình yếu (弱)中平
F=40以下 =Kém (劣)
上記のA・Fではベトナムの固有語、Bは古い時代にベトナム語に入った漢語らしきもの(「可」の漢越語とは声調だけが異なる)、Cは漢越語で中位、平均の意、Dは漢越語と固有語との混種語というように、語種つまり語の出自はバラバラになっている。
なお、ベトナムでは95点以上だと「出色」(Xuất sắc シュアット・サック 出色、卓越、優秀の意)とも称される。また「優点」(điểm ưu ディエム・ウウ)などの表現もあるのだそうだ。一方、50点未満だと成績表には「dưới điểm trung bình」(中平点の下)とも記されたものらしい。
ベトナムでの成績評価語の出自の不揃いは、表音文字で記される言語においては、容易に起こりうることである。上記の韓国では、まだ漢語にとどまっていたが、ハングルによって原義が忘れられつつあることも生じており、風前の灯火なのであろう。