中学生たちに、「烏龍茶」を、簡体字で「乌龙茶」と板書してみせたところ、「「茶」だけまともだ」と笑う。恐竜の骨のように見えるのかも知れない。「竜」の字体も、中国産であるはずだが、大学で中国人留学生たちに聞くと、中国にいるときにはふだん見たことがなかったそうだ。繁体字とされた「龍」は、まだドラマなどで、筆字として見て知っていたとのことだ。
台湾人留学生は、逆に台湾にいたときに「龍」だけを知っていて、日本のメディアの影響でたまに見かける「竜」については、「日本の字」だと認識していたそうだ。日本では、現在、名前として案外「龍」のほうが人気がある。教え子にも、自分の名にあるのは「竜」だが、弟の名に使われている「龍」のほうがよかった、と語る者がいて、筆記の経済性を超えた要求がそこにはあった。ベトナムでも、かつての版本では「竜」やそれに近い字体をよく目にする。あるいは、好みに時代差や地域差があるのだろうか。
「龍」と「竜」について、日本では中学生をして、東洋の、西洋のなどと使い分けようとさせる(前回)。日本人は、それほど早い時期から字体が与える視覚印象や表意性を重視しているのだ。漢字を知らない幼稚園児でも、ポケモンなどをとおして、リュウとドラゴンとで概念の区別を行い始めている。そういったことからすれば、「龍」の簡体字が、中学生にとっても異様に写るのは当然のことといえそうだ。
1つでも個性とインパクトをもつ「龍」の字だが、これが複数合成する字が、大きめの漢和辞書に載っている。
龍が2匹並んでいる。意味は、飛龍。『説文解字』に出る古い字だ。龍が1匹飛んでいても大事件であろうが、それが2匹。二龍として使用された例も残っている。2龍並び飛ぶことからそういう意味になったと解され、テレビ番組でも、この字について2匹の龍が飛ぶ様子を絵入りで伝えていたのを見たことがある。後に「おそれる」という字義も生じている。話が面白く広められるのはテレビの力だが、使い途がない字なのか、ほとんど話題になることはない。
「襲」の字も古くは、上に「龍龍」(以下、本当は1字)を抱く形が籀文(ちゅうぶん)という周代の秦地方の書体であった。その上部が「竜竜」のような形をとる古い字もあったことが知られている。これらは、古代の考古学的な漢字との整合も取れるようで、金文にも2龍が記された「襲」の例がある。
藤堂明保は、「龍龍」はトウ・ドウ・ソウ(タウ・ダフ・サフ)という字音だったため、「襲」の発音を表す声符に利用されたものだったと解した。その「龍龍」に、さかねる意も見出している。一方、白川静は同じ構成に対して会意とみた。いずれにせよ、画数の多さを避けて、筆記経済を求め、あるいはバランスを追求し、「龍」は一つに省略、統合されたといえようか。
常用漢字表には1981年に「竜」が採用されたが、それに先だって当用漢字から入っていたのは「龍」を含む「襲」であって、その併存が公式なものとなっている。昨年改定された常用漢字表でも、カゴでは、使用頻度の高い所ではよく使われる「篭」を押さえて、「籠」が入った。「龍」の右下はみなきちんと3本書けているかというとそうでもない。昔から3本は多すぎ、単調だと思われたようで、「テ」「〒」のようにしばしば変形していた。芥川龍之介など、教員や教科書編者にこだわりを発揮される個々のケースでは、学校教育でもこの「龍」という字体が教えられることもある。地名、人名には使い分けが公的なものとしても存在している。