国語辞典・外国語辞典を問わず、新刊の辞典が売り物として謳うことの一つは、新語の収録の多さである。新語は時代社会をそのまま反映しているから、その採録の多寡は、その辞典の適時性のバロメーターとなる。Duden の正書法辞典24版(2006)の見出し語に Sudoku(数独)が入っているのを見たときは、この概念の欧州での普及ぶりに感心した。過去の独和辞典の場合でも、Koala が入ったとか、Panda の採録が間に合ったとか仲間内でささやかれたものである。明治44年刊行の『獨和兵語辭典』(藤井信吉編;金港堂書籍株式会社)には Flugapparat, Flugmaschine(飛行機)が収録されているが、ライト兄弟がアメリカのキティフォークで59秒852フィートの初飛行に成功した1903年(明治36年)の8年後であった。因みに一般の独和・和独辞典に飛行機が登場するのは大正を待たなければならない。
このように以前ならまず先方の独独辞典にその言葉が載って、それから独和辞典に移るのに相当の時日を要したものであるが、インターネットで「シュピーゲル」誌が読めるような当今のご時勢では、そのような悠長さは望めなくなった。2006年12月に慈恵病院が熊本市に設置を申請し翌07年5月から運用を始めて話題となった「赤ちゃんポスト」に対応するドイツ語 “Babyklappe” は、早速『クラウン独和辞典第4版』の見出し語に採録したが、上記 Duden の正書法辞典には23版(2003)から掲載されていた。
他にも『クラウン独和辞典第4版』に新しく入れた見出し語の主なものは以下の語である。
Cluster クラスタ; Digitalkamera デジタルカメラ; Genfood 遺伝子組換え作物(食品); Irokesenschnitt モヒカン刈り; Pollenallergie 花粉症; recycelbar リサイクル可能な; ubiquitär ― die ~e Gesellschaft ユビキタス社会; Ubiquität ユビキタス; Vogelgrippe 鳥インフルエンザ etc.
見出し以外の箇所に採録した例としては次のものがある。
metabolisch の用例に: ~es Syndrom メタボリック症候群
Staublunge の複合語に: Asbeststaublunge アスベスト塵肺[症]
従来の語に新たな用い方が生じるケースもある。4版でbrennen の他動詞の項に、「(CDに)書き込む」の意味が付け加わったのがその例である。
以上はほんの一例に過ぎず、新語のために3版より増えた行数は1千行を超えている。「メタボリックしょうこうぐん」や「ユビキタス」は『大辞林第三版』(2006)でも新たに加えられた新語である。これらの言葉を見ていると、ドイツも日本も同じ時代の呼吸をしているとの実感が湧いてくる。