ことばには正しい形がひとつだけあって、ほかは間違いだと考える人があります。でも、実際にはそう厳密に決められないものです。たとえば、「十回」は「ジッカイ」か「ジュッカイ」か、よく論争になります。「ジッ―」がより古いのですが、今や「ジュッ―」が多数派であり、現代語の辞書としては、どちらの形も無視するわけにはいきません。
『三省堂国語辞典』では、こうした「ことばのゆれ」にも広く目配りしています。耳慣れない発音を聞いたとき、その人だけの言い誤りなのか、それとも、そう発音する人がある程度いるのか、知りたくなることがあります。『三国』はその疑問に答えます。
国会中継を聞いていると、「すざまじい」という言い方が出てきました。
〈世界の森林がすざまじい速さで消失している現実を考えるとき、〉(NHK「国会中継 参議院本会議 代表質問」2008.1.23 13:00)
これは、ふつう「すさまじい」と言うところです。実際、議事録では「すさまじい」に直されていました。いったい、「すざまじい」なんていう言い方はあるのでしょうか。
『三国』で「すさまじい」を引いてみると、別の形として〈すさましい。すざましい。すざまじい。〉が示してあります。これらは、すべて確実な用例に基づいたもので、「すさまじい」にいろいろな形があることが分かります。このような部分をていねいに記述するのは、『三国』の腕の見せどころです。
「すさましい」は、ちょっと古めの言い方です。「すざましい」は、たとえば次のような用例があります。
〈〔外国人俳優が〕全編日本語でしゃべられてね、すざましい役者魂ですね。〉〔藤竜也〕(NHK「スタジオパークからこんにちは」2005.11.4 13:05)
ここに示した用例は、比較的最近のものですが、「すさまじい」にいろいろな形を載せているのは、『三国』の第三版(1982年)以来のことです。当時も今も、「すさまじい」は複数の語形を持っていることが分かります。
私たちが辞書を引くときは、ひとつの答えだけを求めようとしがちです。でも、『三国』では、広く用いられる語形が複数あると認められる場合は、つとめて掲げるようにしています。『三国』のふところの広さを感じてください。