島根県にある「亀嵩」(かめだけ)の地は、推理小説『砂の器』で有名になった。そこのそばを土産に買おうとしたが、売り切れていた。宍道湖辺では「すずめー、すずめー」と売り子の声がしたと聞く。雀を食べるのかと旅人を驚かしたそうだが、「蜆」(しじみ)のことを訛ってそのように発音する。ズーズー弁が東北から遥か離れたこの地にも分布しているのだ。「宍道湖」の「宍」(しし)も、「肉」の古風な字体と字訓を保持している。
ここでは「鼕」という字がしきりに目に入った。観光用のビデオや掲示物によると、「出雲地方では大太鼓をドウと言います」とのことで、多くの町や会がドウと呼ぶ大きな太鼓を所有しているそうだ。江戸時代からの祭りで、この難字の使用もこの地ではすっかり習慣化している。
「ドウ」という音が先に存在したとすると、太鼓の音を表す「鼕」はトウ・ズという字音であるため、「」など別の字を当てた方が適していたのでは、と推測してみた。しかし、この字の音は「タウ」であり、より遠かったのかもしれない。10月第三日曜日に催される祭りでのみ使われるので、構成要素が「冬」となったのだろうか。鼓は今では縁遠い楽器となったが、かつては日常に密着していたようだ。伊豆の下田でも、たしか「鼓」を含む、音を表すような字を用いた小地名があった。
「鼕」は、バスから「・・・鼕庫」と建物の看板に大きく筆字風で書かれているのが見えた。そうした倉庫は、市中にいくつもあった。この字は、JISの第2水準に入っており、字体はフォントによって異なるもののおおむね「冬」の下部が「冫」となっている。そのために、手書きでも、そう書かなくては、という固定化したこだわりもできてしまっている可能性がある。
テレビでは、こちらで8チャンネルの地方局で、伝統的なこの祭りのことを繰り返し報じていた。「鼕」の字体は揺れていた。ハッピの背にも書かれ、「どうゆうかい」「どうむのかい」「どうみやいいんかい」といった会名、「どうねり」「どうだい(台)」という語も読み上げられていた。
擬音が太鼓の名称(名詞)と化し、さらに祭りや会の名(固有名詞)にも用いられるようになった。そうした中で、それらしい構成要素、字義と発音を持つ漢字を探し出して当てたのであろう。地元出身の方は、「竹かんむりに冬」と記憶していて、字義は知らない、ここだけなのか、と意外そうに話して下さった。祭りでは「笛」も用いられるので、部首が混じられたのであろう。
そういう情報も、アンテナを立てれば広がりを持ちうる。地域への愛着にもつながるだろうから、空気のようになっている地域伝来の特有の文字を発見させ、報告させる授業を、地元でも1時間でも持たれると良いのでは、と思っている。