麻生首相が、漢字を多く読み間違えることで批判されています。「未曾有(みぞう)」もその漢字のひとつで、「ミゾユー」「ミゾーユー」などと読んだと報道されています。私が録音で確かめたところでは、「ミゾーユ」と発音していました(2008.11.12、学習院大学でのあいさつ)。たしかに、あまり聞かない読み方ではあります。
でも、これは、首相だけの独特な読み方というわけではありません。『三省堂国語辞典 第六版』の「未曾有」の項を見ると、次のように注記があります。
〈「ミゾー」「ミゾーウ」とも発音する。「ミゾユー」は あやまり〉
『三国』の主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)は、「未曾有」のさまざまな語形を採集しています。テレビでは、「有」を「ウ」とはっきり発音する「ミゾウ」も、また、「曾有」の部分を「ゾー」と長音化する「ミゾー」も聞かれることが分かります。
1960年代の雑誌からは、以下のように、〈みぞおう〉の例が拾われています。『三国』で〈「ミゾーウ」とも発音する〉と説明しているのがこれです。
〈「おもうつぼ」か、「おもおうつぼ」か。「古今みぞう」か、「古今みぞおう」かというふうなことがあります。〉〔片桐顕智・放送による話しことばの建設〕(『日本語』1966.3 p.4)
また、当時の深谷市長が「ミソーユー」と発音した例も採集されています。「未曾有」に関する政治家の発音の例としては、麻生首相よりも40年以上早いものです。
〈台風26号で死者四人、損害三億円というミソーユー(未曽有)の被害でしょう。市民も、それが当然と思ってますよ〉(『週刊朝日』1966.10.14 p.29)
問題の「ミゾユー」の例は、残念ながら、見坊カードの中には見当たりません。ただ、『三国』では、初版(1960年)から〈「みぞゆう」はあやまり〉と記しており、昔からある言い方だと分かります。実際、NHK放送文化研究所の塩田雄大さんによれば、戦前には、「未曾有」には「ミゾユー」「ミソーユー」など、少なくとも6つの読み方のあったことが確認されているそうです(『放送研究と調査』2009.2)。
何をもってことばの正誤とするかはむずかしいものですが、「ミゾユー」が要注意の言い方であることは、『三国』が昔から指摘しています。麻生首相が『三国』を愛用してくださっていればよかったのに、と惜しまれてなりません。