漢字の現在

第278回 中国のテレビでの漢字

筆者:
2013年8月5日

朝食には紅茶がついていた。Liptonはさすが中国、「立頓」と音訳されている。「立」を当てたのは、北京語のli4(リー)ではなく、広東語でlap(ラプ)となるためか。「利普顿」という訳もかつてはあった。

中国では、テレビにも、漢字がたくさん現れる。

 (口+屯)(口+屯)

重さなどの単位の英語tonに当てた「噸」の簡体字である。これは、清代の中国製か江戸時代の日本製か古い用例の年代が際どい。日本ではほぼ消えたが、こちらでは街中でも普通に見かけられ、政府によって規範化されている。メートル法では、センチメートル(日本では今でも書誌情報などで見かける「糎」)に当たる「厘米」も見かけた。

 (口+合)(口+米×女)(口+合)(口+米×女)

「ハロウ!」という挨拶に当てていた。「拜拜」で「バイバイ」は音訳ながらなかなか上手だ。

(不×用)打(口+斤)(不×用)打(口+斤)」という地域性を感じさせる字も、ドラマの字幕には出てくる。

国際問題に発展した「漢城」(ソウル)は、オリンピック名としてまだ使われていた。

CMでも気にかかる字が出てくる。

 (月+夫)(月+夫)

「膚」の簡体字で、日本と違って肉月の形声文字で「肌」ときれいに対応している。「肌」がキを音読みとすることは、日本では表外の字音であり、意識されにくい。

 MARUBI 丸美

日本語の訓読みがローマ字で出ていたが、音声では「yuan2(ユアン)mei3(メイ)」と漢字を中国語読みしていた。


 (囗+中にハ×冂はねない)(囗+中にハ×冂はねない)

テロップに、独特な書体で現れた。これは近年、中国語圏で顔文字として使用されるようになった漢字だ。相当普及し、jiong3という本来の字音が復活して熟語にまでなって画面や紙面の上に現れたために、これを中国語の乱れと非難する向きと、集団内のものに過ぎないという楽観論とが巻き起こったそうだ。実際には、集団や場面に限って使われる変異にすぎず、後者の立場でいてよさそうだが、社会に広範に広まることがあれば、それはそれで世間で必要とされた結果といえるだろう。

 ✓

このマークがいくつも答案用紙に、確か赤い色で書き込まれていた。塾のシーンか。日本人が見ると、間違いの山のように見えるが、こちらではチェックマークが正解を指す(『漢字の現在』に各国のチェックマークなどを対照させてみた)。

日本では、この外来の「✓」マークは、JIS第2水準までに入っていなかった。そのために、「レ印」「v」を書いて下さいなどと指示がしばしば印刷されてきた。JIS第3、第4水準選定の作業時に、英語の教科書でこのマークを見かけて、提出用にスキャンした時には、これで採用されるのでは、とホッとした記憶がある。

日本では、細々とした区別があらゆるものに生まれる。試験で、空白の解答に対してはこのチェックマークを入れ、書いたけれども正解にならなかった「×」とは区別していると、ある塾が宣伝をしていた。「×」には、まだ可能性があるとのことだ。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。