この連載はテーマの副題を「方言みやげ・グッズとその周辺」としています。その理由は,方言の拡張活用の展開される源の用法であると考えられるからです。方言みやげ・グッズとは,方言を書いた観光みやげ(方言を書いた,のれんや湯呑み,絵はがき,他)などの「商品」です。お店とお客の間の売り物を買うという,はっきりとした関係があります。観光客歓迎の方言メッセージですと,そういう商取引を『促す』のにもよく使われています。
そこに最近目にするのが,手作り(手書き)の方言小辞典です。観光地のみやげ物店の店内に,方言を列挙して共通語訳などの説明を付けています。パソコンや情報ネットワークが発達した現代に,最も素朴な方法で作成しているのも興味深い事例です。2例挙げます。
はじめに,秋田県仙北市のJR[注1]角館(かくのだて[注2])駅です。模造紙を使い,駅待合室から入るとすぐ目に入る高い場所に掲示されている「秋田弁講座」です【写真1】。「いいふりこぎ」〔見栄っぱり〕,「ほんじなし」〔ぬけてる〕,「せば」〔じゃあ〕をはじめとする秋田の方言の代表例が30語列挙され,共通語訳と用例文が付いています。その下には,使用状況を説明したイラスト「食卓の秋田弁」もあります(ただし,こちらは印刷【写真1クリック】)。
もう一つは岩手県宮古市の宮古駅です。駅施設内でなく,JR山田線の駅と三陸鉄道北リアス線の駅の中間に位置しています。この連載の第101回「『市』を挙げての方言メッセージ~『おおきに』と『おでんせ』」でも紹介した店舗ですが,第101回での出入り口の例はなくなり,その替わりのように店内に掲示されています。やはり模造紙に手書きで作成されています【写真2】。こちらはタイトルも方言で,『おもっつぇ~!! わらぁ~さる!! 宮古弁』〔おもしろい!! 思わず笑えてくる!! 宮古弁〕(「‐サル」=岩手県中北部で優勢な自発表現)としています。「あわぇーっこ」〔奥まった小路:第336回「『Miyako♡あうぇーこなび』~高校生が作った街案内~」で紹介〕,「えんずう」〔窮屈。しっくりこない〕,「とつこ」〔絡まる〕など,この方言の代表例が模造紙4枚に39語(タイトルの2語も入れれば41語)列挙されています【写真2クリック】。
こういう用例を取り上げたのは,手書き作成であることのほか,分類について考える必要もあるからです。売り物でないので買えませんが,方言グッズの一種と見なせます。方言提示の手法は,方言のれんなどと同様ですし,明らかに観光客に地域特性としての方言を理解していただく目的があるからです。方言メッセージの変種と考えてもいいかもしれません。
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[注1]角館駅は,JR田沢湖線(秋田新幹線)と秋田内陸縦貫鉄道(通称,内陸線)の二つあり,両方とも方言メッセージでお出迎えしています。JRでは「えぐきてけだんし」〔よく来てくださいました〕,内陸線では「のってけれ内陸線」〔乗ってください内陸線〕です。
[注2]角館の現地発音について青年層(若者)では[カグダデ]です。高年層(年配者)では前鼻音が残っていて[カグンダデ]です。