このシリーズでまだ扱われていない場所は,たくさんあります。その一つ,沖永良部(おきのえらぶ)島は,鹿児島県の奄美大島の南にあります。若い人は元々の方言を話さなくなり,今の内にと,数人の研究者が記録しています。地元の人も方言の価値を見直して,色々な機会に書き記し,活用しています。
(画像はクリックで全体表示)
研究者徳永晶子さん提供の画像を見ましょう。
【写真1】は,「飲んだら乗るな 乗るなら飲むな」にあたる標語です。「ぬみばぬんな ぬりばぬむな」は,直訳すると「飲めば乗るな 乗れば飲むな」です。近代仮定表現の「なら」「たら」を使わない,古語に近い表現です。なお第136回「大雪に負けない方言看板と方言メッセージ」に「飲んだら乗るな」の写真があります。
【写真2】は「みへでぃろ」で「ありがとう」の意味です。沖縄(首里)方言では「にふぇーでーびる」です。語源は「二拝」でなく「御拝」(みはいで はべる)だと言われているので,沖永良部の発音のほうが語源に近いわけです。
こんなふうに,街角の方言景観からも色々なことが読み取れます。店名や歓迎看板やポスターなどは,インタ-ネットの画像検索で「沖永良部 方言」などとキーワードを入れることでも,確かめられます。いずれも新しそうなものばかりです。
実は半世紀近く前の貴重な資料があります。サラ・アン・ニシエ『沖永良部島芦清良村の方言の研究』(Sarah Ann Nishie (1968) Asikiramuni : Studies of a Ryukyu Dialect)という日本語・英語バイリンガルの貴重な方言辞典です。このたび以下のサイトで公開されました。
沖永良部島芦清良村の方言の研究(サラ・アン・ニシエ)から、[DOWNLOAD]をクリックすると資料(PDFデータ)をダウンロード・閲覧できます。
PDFですから,紙より便利です。PDF閲覧ソフトのメニューから「検索」を選び,つづりを入力すると,目的の語に飛べます。この方言辞典では、日本語と英語から沖永良部方言をたどれます。例えば「美しい」で検索すると,
kjurasaN* adj. 美しい beautiful
の行が出てきます。キュラサンですから,沖縄のチュラサンよりも,古語の「清らさあり」に近いことが分かります。
日本各地の方言は消えつつあります。まさか,方言の話し手を保存して博物館に飾るわけにはいかないので,今できることは,記録です。インターネット公開がお勧めです。どこで使われているかが,検索ですぐに分かるからです。方言の記録と公開は,だれでもできる学問的社会貢献です。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。