世界文化遺産のある岩手県平泉町を訪れる人たちへの歓迎と見送りに,方言メッセージが使われています。平泉への玄関口,一関市の一ノ関駅(「いちのせき」の表記は市と駅で異なります)です。新幹線改札から駅東口への通路に,出口に向かうと見える面に「よぐ来たねぇ ゆっくりしてってけらいね!」〔よく来たね ゆっくりしていってくださいね〕【写真1】,改札口に向かうと見える面に「また来てけらいねぇ」〔また来てくださいね〕【写真2】とあります。
ここで使われている方言の「-けらいね/ねぇ」は,第286回「ケロ」および第291回中の《第286回の補遺》での「-ケロ」と同じ語源です。「-クレル」が変化した「-ケル」の,岩手県の県南部から宮城県にかけて使われている要請の形式「-ケライ」に,文末で優しさの意を添える「-ネ/-ネェ」が接続した表現です。
平泉町の中尊寺金色堂は日本の国宝であり,2011(平成23)年6月に世界文化遺産「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」に,その中心として登録されました。その参詣拠点が南隣の一関です。松尾芭蕉も『奥の細道』の旅では,1689(元禄2)年5月13日に一関から平泉を(もちろん歩いて)往復しています。そのときの発句が,有名な「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」と「五月雨(さみだれ)の 降り残してや 光堂」(注:光堂=金色堂)です。
この方言メッセージも世界遺産ほどでないものの貴重です。一関や平泉がある岩手県の両磐(りょうばん:東磐井と西磐井)地域は,方言の拡張活用例の少ない地域です。方言調査で伺うと年配のかたは昔ながらの方言をよく残しています。方言による昔話の会なども開かれています。しかし,方言みやげ・グッズは見当たらず,方言ネーミングの施設は,何度も注意深く捜して1件見つけました(一関市大町の飲食店「ちょっこら」)。一関市千厩町(せんまやちょう:旧東磐井郡)には,地元のかた向けの用例(鉄道の駅,商店,飲食店,タクシー会社などの「まちしるべ」)が見られます。
そういう地区に出たこの方言メッセージが,世界遺産に訪れる日本の人のほか,外国からのお客様にも向けていると思うと興味深いところです。通訳ガイドが「これは,このあたりのdialectで…」などと説明したときの外国からのお客様の反応も気になります。
皆さんも,光堂,一度見さ来てけらいねぇ!!