地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第306回 田中宣廣さん: 世界文化遺産ご来訪者への歓迎方言メッセージ

筆者:
2014年7月5日

世界文化遺産のある岩手県平泉町を訪れる人たちへの歓迎と見送りに,方言メッセージが使われています。平泉への玄関口,一関市の一ノ関駅(「いちのせき」の表記は市と駅で異なります)です。新幹線改札から駅東口への通路に,出口に向かうと見える面に「よぐ来たねぇ ゆっくりしてってけらいね!」〔よく来たね ゆっくりしていってくださいね〕【写真1】,改札口に向かうと見える面に「また来てけらいねぇ」〔また来てくださいね〕【写真2】とあります。

【写真1】一ノ関駅お出迎えメッセージ
【写真1】
一ノ関駅お出迎えメッセージ
【写真2】一ノ関駅お見送りメッセージ
【写真2】
一ノ関駅お見送りメッセージ

ここで使われている方言の「-けらいね/ねぇ」は,第286回「ケロ」および第291回中の《第286回の補遺》での「-ケロ」と同じ語源です。「-クレル」が変化した「-ケル」の,岩手県の県南部から宮城県にかけて使われている要請の形式「-ケライ」に,文末で優しさの意を添える「-ネ/-ネェ」が接続した表現です。

平泉町の中尊寺金色堂は日本の国宝であり,2011(平成23)年6月に世界文化遺産「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」に,その中心として登録されました。その参詣拠点が南隣の一関です。松尾芭蕉も『奥の細道』の旅では,1689(元禄2)年5月13日に一関から平泉を(もちろん歩いて)往復しています。そのときの発句が,有名な「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」と「五月雨(さみだれ)の 降り残してや 光堂」(注:光堂=金色堂)です。

この方言メッセージも世界遺産ほどでないものの貴重です。一関や平泉がある岩手県の両磐(りょうばん:東磐井と西磐井)地域は,方言の拡張活用例の少ない地域です。方言調査で伺うと年配のかたは昔ながらの方言をよく残しています。方言による昔話の会なども開かれています。しかし,方言みやげ・グッズは見当たらず,方言ネーミングの施設は,何度も注意深く捜して1件見つけました(一関市大町の飲食店「ちょっこら」)。一関市千厩町(せんまやちょう:旧東磐井郡)には,地元のかた向けの用例(鉄道の駅,商店,飲食店,タクシー会社などの「まちしるべ」)が見られます。

そういう地区に出たこの方言メッセージが,世界遺産に訪れる日本の人のほか,外国からのお客様にも向けていると思うと興味深いところです。通訳ガイドが「これは,このあたりのdialectで…」などと説明したときの外国からのお客様の反応も気になります。

皆さんも,光堂,一度見さ来てけらいねぇ!!

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。