地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第232回 井上史雄さん:博多の方言絵はがき「見なざい」
Dialect picture postcard of Hakata with “mi-nazai”(look!)

筆者:
2012年12月15日

戦前の方言絵はがきは、福岡県でも多く出ました。年代の見当がつくものを挙げましょう【図1】。これと同じ写真を使った「天然色」の絵はがきがインターネットに載っていて、昭和12年頃の写真だそうです。

//www.asocie.jp/map/postcard/fukuoka_04.html

【図1「博多ことば説明入り 博多名所」 西大橋】
【図1「博多ことば説明入り 博多名所」 西大橋】
(クリックで拡大表示)

戦争直前の方言絵はがきですから、古めかしい言い方が出てきます。一行目に「見てんなざい」と書いてありますが、誤植ではありません。他の絵はがきでも「なざる」がいっぱい使われています。

「まけときなざい、たまがんなざす、知つとんなざつせう、きなざつた、知んなざらん、云ひなざる、泊んなざれにや、たまがんなざろう、出しなざんな」などです。絵はがきの方言の部分をコンピュータに入れましたから、一度に検索できました。「なさる」の「さ」が濁音の「ざ」になったものですが、「ござる」の影響でしょうか。

また「ぢやろう」が使われていますが、今は「やろう」に変わりました。1995年に出た方言ラップ「SO.TA.I」では「そんな時やけん」と歌っています。こういうのが「新方言」です。

戦前の方言会話が分かるのは、貴重です。地元の人ならこの方言絵はがきからもっと色々なことを読み取れるはずです。

西   大   橋

博多と福岡の、あいを流れる那珂川の西大橋バ見てんなざい近頃架け替へになつて、こげな立派なモダンの橋イなつとります、ほうら電車が通つとります、バスが通うとりますばつてんチヨツとも音がしますめいが、こげなよか橋ア御座いませんせんバイ、向ふに見へよるとが、福岡縣産業奨勵館、那珂川の水の流れの美しかこと、ほんにイ西大橋ア日本一ぢやろうやア

方言絵はがきは、第222回227回にも扱われています。これまで登場した方言絵はがきも、第222回からクリックでたどれます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。