第151回で「東日本大震災の被害」として,震災で被害を受けた方言の拡張活用例などを紹介しました。突然の災害で一度に多くの用例が消失してしまいました。用例が失われるのは,災害という特別の事情ばかりではありません。日常的な営みのなかでも,私たちの記録が貴重な資料となった例が少なくありません。今回は,それらのうちから報告します。
まず,岩手県紫波郡紫波町(しわちょう)の,東北自動車道紫波SA(サービスエリア)上り線(東京方面に向かう車線)側にあった,銭形平次(ぜにがたへいじ)のメッセージです。紫波町のイメージキャラクター「平太くん」とともに「紫波サービスエリアへ よぐおでんすた! まずはひと休み 安全運転で」のメッセージ【写真1】で出迎えてくれます。“銭形平次のふるさと”とあるのは,紫波町が,映画やテレビで有名な小説『銭形平次捕物控(とりものひかえ)』の原作者・野村胡堂(のむら こどう:1882~1963)の出身地だからです。壁の別の面には,お茶もちのお店に「まんず,おあげんせ!」のメッセージがありました【写真2】。これらが描かれていた壁は取り壊され,2012年3月の時点で工事中でした。(下り線のSAには,平太くんはいたものの,同じメッセージは以前から見えませんでした)
また,岩手県花巻市湯口蟹沢には,花巻南温泉峡の源泉を用いた足湯「いっとこま」(花巻の方言で「少しの間」「短い時間」の意)【写真3】がありました。2010年に営業を終えたそうです。2012年2月にはネーミングの文字がはずされていました。インターネットのサイト(//www.geocities.jp/ittokoma/)は閲覧可能です。
なお,私たちは,この研究の報告の一つとして《ヴァーチャル方言博物館》の設立を準備しています。調査した全資料の写真と仕様を整理してインターネット上に公開します。単なる“写真集”ではなく,資料の整理と閲覧の容易化が目的です。それに加えて,資料の記録の意義も大きいのです。実体物である拡張活用例の多くは,永久の完全保存は困難です。震災を経験して,努力しても一度に多数の用例が消失してしまうことも分かりましたし,今回の例のように自然な散逸や消滅もあります。ヴァーチャル方言博物館の記録性は,当初の企図を超えて大きいものとなっています。完成の暁には,皆さんもぜひご覧ください。