地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第84回 山下暁美さん:おいしい方言(静岡県)

筆者:
2010年1月30日

今回からしばらくは、方言みやげなどに登場する「おいしさ」にまつわる表現について、何回かに分けて紹介していきます(ただし、筆者が担当する回について)。まずは、静岡県伊豆半島で見つけた方言です。“しぞーか”弁(静岡を地元では、“しぞーか”と呼びます)です。

「うめえら!」(おいしいだろう!)【写真1】の「ら」は、推量の助動詞で、共通語の「だろう」の意味です。静岡県伊豆地方だけでなく、愛知県渥美半島、岐阜県美濃、長野県中部地方などにも分布しています。伊豆地方では、「あそこにあるら」(あそこにあるだろう)、「あしたは、雪んふるらなー」(あしたは雪がふるだろう)のように「ら」を使います。

(画像はクリックで拡大します)

【写真1】
【写真1】「うめえら!」

「ふんとにうみゃあぜ 飲んでみにゃん」(ほんとにおいしいよ 飲んでみて)【写真2】の「ふんとに」は、「ほ」が「ふ」に置きかわって、「ほんとうに」という意味です。「ふんと、ふんと」などと、うなずきながら繰り返したりします。「うみゃあ」(おいしい)は、「う宮(ウミャー)」のように富士宮市でも用いられている例があります【写真3】。

【写真2】
【写真2】
「ふんとにうみゃあぜ 飲んでみにゃん」
【写真3】
【写真3】「う宮(ウミャー)」

「チョックラ 飲んで みらっしぇ」【写真4】の「チョックラ」は、「ちょっと」の意味です。「ちょっくらちょいと」の形でゴロ合わせで使われることもあります。「ちょっと飲んでみなさいよ」といった意味です。

【写真4】
【写真4】「チョックラ 飲んで みらっしぇ」

写真4は、昼時の混みあうマリンセンターで見つけたのですが、インフルエンザの予防のためマスクをしていました。「飲んでみらっしぇ」というので、試飲するためには、マスクをはずさなければなりません。また、聞こえた方言はしっかり書きとめたり、録音しなければならないし、筆記用具、マスク、試飲用のコップ、カメラと手一杯の取材となりました。何事も「ちょっくら」とはいかないのです。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。