クリスマスとrobin―英和辞典から得られる文化的背景知識
英和辞典は百科事典的情報が豊富で,高校生の頃,さほど本好きでなかった筆者にとっては一般的知識・常識を補う上でも重要な情報源であり,その重要性は現在でも変わっていない。上記で示した robin とクリスマスの関係はイギリスでは常識だが,日本ではあまり知られていないと思われる。筆者も大分前から「robin=ヨーロッパコマドリ」と覚えてはいたが,それ以上の知識を得たのは比較的最近になってからのことである。比較的低いランクの語であっても,このような常識の空白を埋める作業によって,その語,ひいては英和辞典の価値をさらに高めることになると言える。
robin の解説はほんの4行ではあるが,限られたスペースでできるだけ情報が正確に伝わるようにいくつかの配慮をしたつもりである。例えば,「最も典型的な鳥」とか「国鳥」というよりも「最も親しまれている鳥」とした。なぜなら,典型性は個人の経験や文脈によって変わる可能性があるし(Christmas dinner で「鳥」と言えばイギリスでも turkey を一番に連想するだろう),また,国鳥は日本のキジのように普段めったに見かけない鳥である場合もあるので,あまり親しみのない国鳥もいるからである。しかも,robin は文字通り「身近な」鳥で,庭仕事をしていると,掘り返された土の中にいる虫にありつこうと人のすぐ近くまで寄って来るし,公園で食事をしていれば,おこぼれにあずかろうとテーブルの上にまで乗って来る。
そして,この親しみに基づく重要な情報がクリスマスとの関係である。実際の記述ではスペースの都合上クリスマスカードの図案に使われると述べただけだが,この機会に補足しておきたい。胸が黄赤色である robin がクリスマスカードに使われるようになったのは,クリスマスカードを送る習慣が始まった18世紀中ごろ,郵便配達員の上着が赤色だったことと関係しているらしい。以来 robin はクリスマスカードを運ぶ(あるいはクリスマスを連想させる)鳥としての意味づけがなされて今日に至っている(BBCの Amazing Animals 参照)。
古くから親しまれてきたからであろう。robin にまつわる伝説や童謡も多く残っている。例えば,robin の胸が赤いのは,処刑されたキリストがつけていたイバラの冠を外そうとした際にこの鳥が自らその棘(とげ)で胸に傷を負ったため(あるいは,棘を抜いたときにキリストの血を浴びたため)とか,煉獄(死者が火によって罪の浄化を受ける場所)で,炎の中を死者のために水を運んだためとか,さらには,人類のために天から地上に火をもたらした際に胸を焦がしたため,という言い伝えまである。また,マザーグース(nursery rhyme)では “Who killed Cock Robin?”の中に,バラッドでは “The Babes in the Wood” に登場する(一方で,“Who killed Cock Robin?”はRobin Hoodと関係するという説もあるようだ)。
このように,robin は「親しみ」をキーワードに解説すると理解が深まると思われる。今回はクリスマスにちなんだ例を取り上げたが,もちろん,『ウィズダム英和辞典』ではそのほか数多くの「事情」コラムや語義解説によって英米の日常生活に関する背景知識の充実が図られている。これを機に,『ウィズダム英和辞典』をじっくり読んで,語数だけでなく語の内容の点でも豊かになっていただければと思う。