地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第31回 田中宣廣さん:方言ネーミング,方言看板・ポスター,方言メッセージの注意点

筆者:
2009年1月17日

あけましておめでとうございます。

こういう年頭のあいさつも,地域によりまた異なることがあります。皆さんの地域ではどういう言い方でしょうか?

この連載も今回で30回を超えますので,それを機にここで少し復習をします。
 第1回で説明した「言語の拡張活用」や「言語の商業的利用」を,一度整理します。

まず,「図1」でその種類を確認してください。

【図1】
【図1】

注意すべきところを2点説明します。

「②方言ネーミング」は,方言を「名づけ」に《意識的に》使うものです。

区別すべき例はいくつもあります。そのうちの一つは,郷土料理・郷土菓子など地域の伝統的食品です。方言の名前になっているものが多くあり,ほとんどが,昔から自然にその名になっているもので,「方言ネーミング」ではありません。岩手の「ひっつみ」や,沖縄の「サーターアンダギー」【写真1】などがこの例です。

(画像はクリックで拡大します)

【写真1】沖縄の伝統菓子,「方言ネーミング」ではありません。
【写真1】 沖縄の伝統菓子,「方言ネーミン
グ」ではありません。

そうではなく,共通語の名前を付けることも可能なのに,《意識的に》共通語でなく方言で「名づけ」をしたのが,「方言ネーミング」です。飲食店名や,これまでこの連載(第13回他)で紹介した施設名に多くあります。お店のメニューにもあります【写真2】。

【写真2】[お子様ランチ]としないで「方言ネーミング」(岩手県盛岡市)。
【写真2】 [お子様ランチ]としないで「方
言ネーミング」(岩手県盛岡市)。

「⑥方言看板・ポスター」は,第1回では説明していませんので,新たに加えます。これは,方言による道徳啓発の看板やポスターのたぐいです。道徳啓発ですから非営利的なのですが,言語経済学の対象とするのは2つの理由からです。(1)商業的利用と同様の発想で方言を用いているからと,(2)隠れた経済価値が認められるからです。この連載の第8回第24回で紹介していますので,確認してみましょう。

但し,文字記載の物体が看板やポスターであっても,お店や観光地の宣伝など営利目的の商業的利用は,「方言メッセージ」です。混乱しないようにしましょう。

復習はここまでです。続けて付け足しをします。

「③方言メッセージ」の《方向》について珍しい例により説明を付け足します。

第1回では,観光客歓迎のことば【写真3】,また,現地の人への誘い文句【写真4】などと説明しました。受け手はいろいろでも,〈発信者は現地の人〉でした。

【写真3】観光「方言メッセージ」の基本型です。
【写真3】 観光「方言メッセージ」の基本型
です。
【写真4】「よっとでんせ」は「よっていらっしゃいな」の意です(岩手県宮古市)。
【写真4】 「よっとでんせ」は「よっていらっ
しゃいな」の意です(岩手県宮古市)。

ところが,【写真5】を見てください。沖縄県那覇市内で撮影しました。「めんそーれ」は沖縄の方言で「いらっしゃい」です。〈発信者は“よそ”の人〉=岐阜県の大学です。受け手が現地の人=沖縄の受験生で,他の多くの方言メッセージとは《方向が逆》になっているのです。

【写真5】現地の方言を,他地方の発信者が使った《逆方向》の例。
【写真5】 現地の方言を,他地方の発信者が
使った《逆方向》の例。

みなさんも,珍しい例を見付けましたら,私たちに教えてください。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。