大規模英文データ収集・管理術

第42回 英文データの実践的収集方法(カード方式)・3

筆者:
2013年1月21日

(c) 複文一葉式

前回は、「1枚のカードには絶対に1件の英文データしか記入しない」という「(b) 1件一葉式」について述べました。

しかし、この方式だと、データの行き詰まりには直面しませんでしたが、カードに空きスペースができ、非経済的でした。さらに、この方式で暫く続けていくと、以下に示すいくつかの理由により、また新たな壁にぶつかってしまいました。それは、ある一つの文章の前後にある文章との連続性の途絶です。

以下は、この連載の第11回――2011年11月7日公開―から引用したものです。

○ 前の文章との関連性から
英文では、前の文章のある名詞を受け、いきなり It とか They 等で文章が始まることがよくあります。その時、その It や They が何を表しているかわからないと文章全体がうまく訳せないことがあります。そのため、1文だけで文章を収集しておくと、後々、その処理に困ることになります。これを回避するため、できる限り前の文章も一緒に収集しておいた方がよいことになります。

○ 前後の文章との関連性から
よく、英語は「同一文の中ではもちろんのこと、隣接した文の中でも、同じ言葉や言い回しを使うことは、筆者のインテリジェンスの低さを表す。したがって、できる限り、表現にはバライエティを富ませた方がよい」と言われています。「トミイ方式」では、この表現のバリエーションも収集対象になっていますので、この目的のためには、できる限り多くの前後の文章も一緒に収集しておいた方がよいことになります。

この「表現のバリエーション」にご興味をお持ちの方は、「技術英語構文辞典(富井篤著)」(三省堂)をご参照ください。「2.4 表現の変化と統一」(p.352からp.378まで)に詳しく書かれています。

○ 全体の文脈から
件(くだん)の言葉や言い回しが使われている文が、どのような文脈の中で、どのように使われているか理解するためにも、カードのスペースが許す限り、できるだけ多くの前後の文章も一緒に収集しておいた方がよいことになります。

このようないろいろな理由に促され、どうしても、複数の文を1枚のカードに収集する必要性に迫られてきます。そこで、行きついたのが、次に説明する「複文一葉式」です。

(c) 複文一葉式

これは、上にも述べたように、件(くだん)の言葉や言い回しが使われている文章に対し、その前後にある文章を、カードのスペースが許す限り、たくさん、できればパラグラフ単位で収集する方式です。これには、1つのパラグラフから1つか2つぐらいのデータを収集する、ごく簡単な方式から、1つの文章から複数個、パラグラフ全体からは20個とか30個のデータを収集するような、きわめて高度な方式までいろいろあります。前者を、「トミイ方式」を始めたばかりの「初心者用方式」と定義するならば、後者は、「トミイ方式」の「上級者用方式」と定義することができます。この2つの方式は、読者の個人的な環境や条件、例えば、「トミイ方式」の熟練度や理解度や「トミイ方式」を活用する目的などにより分けられるもので、これらの条件や目的が低い人は「初心者用方式」に属し、高い人が「上級者用方式」に属することになります。「初心者用方式と「上級者用方式」とに分けて、順に説明していきます。

いずれの方式にしても、1枚のカードに複数の文からなるパラグラフ単位に収納するとなると、もはや、手書きは無理になります。何らかの方法で、複数枚のカードを作成しなければならなくなります。

○ 初心者用方式

「トミイ方式」の経験が浅いため、1つのパラグラフから採取する英文データの数が、例えば3枚で十分である場合を仮定して説明します。
注:ここで使用している原稿は、アメリカのPenton社が出版していたElectric Motors and Controlsという小冊子の中のProximity Switchesについての冒頭の一部分です。

(1) まず、英語の原稿を3枚コピーし、それを「添付-B」に示すようにそれぞれ3枚ともパラグラフ単位に切り抜きます。

atomii42b3.jpg

(2) 切り抜いたパラグラフをそれぞれカードに貼り付け、「添付-C」に示すようにそれぞれのパラグラフが貼られたカードを3枚作ります。これを「マスターカード」といいます。その際、カードの下部には、出典(原稿の名前。名前が長い場合には、適宜、短縮して符号化します)、採取年月日、ページ番号、位置などを記入しておきます。

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(3) 作成した3枚のカードのうち、最初の1枚を取出し、採取したい英文データの下に赤でアンダーラインを引き、カードの上部には、分類名を同じく赤で記入します。前回でも説明しましたが、これを「データカード」といいます。この作業を、残りの2枚のカードについても繰り返します。このようにして、「データカード4」、「データカード5」、および「データカード6」を作ります。詳細は、「添付-D」に示します。

atomii42d2.jpg

分類名は、必ずしも、大分類、中分類、小分類すべてについて記入する必要はなく、自分で理解・記憶できる分類名は省略してもかまいません。記入した3つの英文データは、1例を示したものです。

上に示した3枚の「データカード」につき、これらの英文を、どのような目的で採取したのか、また、どのような場所に収納したらよいのかなどを、「理由」、「機能」、「場所」の3つに分け、下に簡単に説明します。

データカード4
理由:この不定冠詞Aは、学校文法によく出てくる「種族全体」を表す名詞につけるもので、何ら限定するものではなく、この例でいうならば、「一般的にいって、近接スイッチなるものは」とういう感じのものです。これと同じ表現方法に、無冠詞の複数名詞という表現方法がありますが、「添付-B」の2つ目の例文の文頭の Simple proximity switchesがそれです。この種のものは、1例採取すればそれでよいというものではなく、複数例採取することにより、自分の身につくものであり、さらに、「不定冠詞+単数名詞」と「無冠詞+複数名詞」は、同じと考えてよいということになっているが、果たして本当にそうであるかとか、どちらの例が使用頻度が高いかということを学習するためにも、出くわした例文はすべて採取する習慣をつけることをお勧めします。
機能:学習、活用、制作・発表の順です。
場所:大分類は「品詞別」です。中分類は「冠詞」です。

データカード5
理由:これは、「~の有無」という意味です。「有無」という英語には、これ以外の言葉もありますが、一番しっくりする英語はこれです。中には、この言葉を載せていない和英辞書もありますので、この英文データを採取しておくと、和英翻訳の時にとても役に立ちます。
機能:活用、学習、制作・発表の順です。
場所:大分類は「50音順」です。

データカード6
理由:provideという言葉は、非常に意味の広い言葉で、そのため非常に頻繁に使われる言葉です。極端な言い方をすると、出てくるたびに違う日本語を当てはめないといけないような言葉です。そのため、しばらくの間、おそらく例文が数百点集まるまでは、出てくるたびに採取するくらいの意気込みが必要です。
機能:学習、活用、制作・発表の順です。
場所:大分類は「アルファベット順」です。

(4) この3枚の「データカード」は、とりあえずは、カードが入る厚紙の箱を準備し、その中に収納します。まだ3枚ですが、最低限7つの大分類だけはしておかなければなりません。それには、カードを7枚使い、それぞれに

アルファベット(簡単に、ABC でも可)
50音
表現
品詞
構文
数量表現
その他

とやや大きめのインデックスに大書し、7枚のカードに少しずつずらして貼り、仕切りを作り、その順に並べておきます。「データカード4」は「品詞」の中に、「データカード5」は「50音」の中に、そして、「データカード6」は「アルファベット」の中に入れておきます。

これで、「収集」、「分類」、「収納」の全工程が終わります。

これまでは、必要データ数を3件として説明してきましたが、5~6枚くらいならば、多少、作業が多くなるかもしれませんが、この方法を使うことができ、費用対効果も、さほど落ちないと思います。

次回は、「上級者用方式」を取り上げることにします。

筆者プロフィール

富井 篤 ( とみい・あつし)

技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。