歴史で謎解き!フランス語文法

第12回 命令法2人称単数の語尾 -s はなぜ落ちるの?

2020年3月20日

学生:先生、-er 動詞の命令法2人称単数で、語尾の -s が落ちるのはどうしてですか?

 

先生:-er 動詞だけでなく、ouvrir、offrir といった直説法現在の2人称単数の活用語尾が -es で終わる動詞や aller の命令法2人称単数でも -s は落ちるよね。

 

学生:教科書には「動詞の現在形の活用から主語を取り除けば命令文になります」と書いてあるんですが、主語はともかくなぜ語尾の -s まで省く必要があるのか不思議です。

 

先生:教科書の説明ではそうなっているけれど、歴史文法の観点からみると、命令法2人称単数のかたちは直説法現在から主語を省くことでできたわけじゃないんだ。2人称単数の語尾の -s が落ちたのではなくて、もともと命令法2人称単数の語尾には -s がなかったんだよ。

 

学生:命令法って、直説法現在から作られているのではないのですか?

 

先生:うん、2人称単数の命令法のかたちは古典ラテン語に由来するものなんだ。もともと古典ラテン語では、直説法と命令法は異なる語尾変化をしていたんだ。

【古典ラテン語の活用】

  直説法現在
2人称単数
直説法現在
2人称複数
命令法現在
2人称単数
命令法現在
2人称複数
愛する amas amatis ama amate
歌う cantas cantatis canta cantate

【現代フランス語の活用】

  直説法現在
2人称単数
直説法現在
2人称複数
命令法現在
2人称単数
命令法現在
2人称複数
愛する tu aimes vous aimez aime aimez
歌う tu chantes vous chantez chante chantez

 

学生:なるほど、古典ラテン語の命令法2人称単数の語尾には、-s がありませんね。現代フランス語の命令法2人称単数で語尾の -s がない理由はわかりました。でも先生、それでは現代フランス語の命令法2人称複数の語尾も古典ラテン語に由来しているのでしょうか? 古典ラテン語の命令法2人称複数の語尾の -te とはずいぶん違うように見えるのですが。

 

先生:古典ラテン語の命令法2人称複数の語尾 -te は、かなり早い時期に s が付加されて -tes になったのではと考えられている。そして、古典ラテン語の直説法現在2人称複数の語尾は -tis なんだけど、これも俗ラテン語の時代になると口の開きが大きくなって -tis → -tes と発音されるようになった。要は、俗ラテン語の時代に命令法と直説法現在の2人称複数の語尾の発音が同じになってしまったんだね。それで現代フランス語の命令法2人称複数も、直説法現在2人称複数と同じ語尾になってしまったんだ。ちなみに古典ラテン語には命令法1人称複数はなかったんだけど、これは古フランス語の時代に直説法現在1人称複数のかたちを流用して使われるようになったんだよ[注1]

 

学生:では先生、現代フランス語の命令法2人称単数で語尾に -s がつく動詞もありますが、それは古典ラテン語の命令法2人称単数が -s で終わっていたからなんでしょうか?

 

先生:いや、古典ラテン語の動詞には、大きく4つのタイプの活用があったんだけど、そのいずれも命令法2人称単数の語尾は -s で終わるものではないんだ。例えば、以下の動詞は現代フランス語の命令法2人称単数で -s で終わるけど、語源となった古典ラテン語ではそうではないね。

【古典ラテン語の活用】

  古典ラテン語
直説法2人称単数
古典ラテン語
命令法2人称単数
つかむ(teneo) tenes tene
置く(mitto) mittis mitte

【現代フランス語の活用】

  現代フランス語
直説法2人称単数
現代フランス語
命令法2人称単数
つかむ(teneo) tu tiens tiens
置く(mitto) tu mets mets

 

学生:どうしてこれらの動詞の命令法2人称単数の語尾には -s が付加されたのでしょうか?

 

先生:中世のフランス語でも、これらの動詞の命令法2人称単数の語尾には -s がないことがあった。tenir の命令法2人称単数は tien, mettre は met という具合にね。だけど -s が付加される場合も多かった。この理由は conoistre(現代フランス語:connaître)や nuisir (現代フランス語:nuire)のように命令法2人称単数が -s で終わる語(conois, nuis)があったことや、どの法や時制でも動詞の2人称単数の語尾は -s で終わる語が多かったことによる。そこからの類推で命令法2人称単数にも -s が語尾に付加されたんだ[注2]。実は命令法2人称単数の語尾に -s がつくかどうかは17世紀の終わりまで不安定だったんだよ。例えばラシーヌの有名な戯曲『フェードル』Phèdre(1677)には、revenir の命令法2人称単数の revien と名詞の entretien で脚韻を踏んでいる箇所があるんだ。これは誤植やラシーヌの間違いではないよ。

Fais donner le signal, cours, ordonne et revien

Me délivrer bientôt d’un fâcheux entretien.  (Racine, Phèdre, Acte II, scène 4. v. 579-80)

 

合図をしてくれ。走るんだ、そして命令しろ。

そのあとすぐに戻って私をこの忌まわしい会見から解放してくれ。

学生:この前の小テストでうっかり -er 動詞の命令法2人称単数に -s をつけてしまい減点になったんですが、昔のフランス人も命令法2人称単数で -s をつけるかどうかは迷っていたんですね。

 

先生:そうだね。提示表現で使う voici, voilà という語があるけれど、これはもともと古フランス語の veoir「見る」の命令法2人称単数の voi に場所の副詞 ci(ここ)、là(そこ)がくっついたものだね。「ここを見なさい」と「そこを見なさい」という意味だった。命令法2人称単数に類推の -s が付加される前にこの表現が定着したのでこのかたちになったんだね。

 

学生:あー、そうだったんですね!

 

先生:-er 動詞や aller の命令で後ろに中性代名詞の y や en が続くと、vas-y, parles-en, penses-y という具合に -s が現れるけれど、これは類推で -s が付加された命令法2人称単数のかたちが現代語に残ったんだね[注3]

 

学生:なるほど、類推で -s がついたり、つかなかったりして現代語では不規則になってしまったんですね。

 

先生:不規則って、vas-y, penses-y, parles-en のこと? 確かに、不規則に見えるけれど、これらが現在まで残ったのは、母音が連続して発音されることを避けるフランス語のシステムと合致しているといえる。

 

学生:あ、なるほど、リエゾンやエリズィオンの説明で先生が言っていたことですね。il va の倒置形が va-t-il になるというのともつながってきます。ところで、avoir, être, savoir, vouloir の命令法のかたちは、接続法現在と似ていますね。

 

先生:これらの動詞の命令法のかたちは接続法現在に由来するものだね。接続法は話者の頭の中で考えられた動作/状態を表す主観的/感情的なニュアンスを伝える法だから、命令や願望を表すことができるんだ。現代フランス語でも3人称の命令は「que + 接続法」を用いるよね。Qu'il vienne.「彼は来るがよい」とか[注4]

 

学生:avoir, savoir, vouloir の命令法2人称単数で語尾に -s がないのは、-er 動詞の命令法のかたちからの類推でしょうか?

 

先生:うん、avoir, savoir, vouloir についてはそうだろうね。さっき言ったように17世紀終わりまでは、命令法2人称単数の語尾の -s は不安定で、特に接続法に由来する上記の動詞の命令法2人称単数には、中世から語尾に -s が付加されることが多かったんだ。

 

学生:être は sois というかたちで、語尾に -s が残っていますね。

 

先生:être については、古フランス語の接続法現在2人称単数のかたちは  soies で、命令法は soie となるはずなんだけど、e が落ちて sois のかたちが残ったのは、おそらく接続法現在3人称単数の soit からの類推だと考えられているよ[注5]

[注]

  1. FOUCHÉ, Pierre, Morphologie historique du français. Le Verbe, Paris, Klincksieck, 1967 (1re éd.), 1981 (2e édition refondue et augmentée, 2e tirage), p. 208.
  2. FOUCHÉ, Ibid, p. 209-211.
  3. FOUCHÉ, Ibid., p. 211.
  4. Vive la France !「フランスばんざい!」のように文頭に que を置かない接続法の命令文もある。vive は辞書では間投詞とされているが、もともとは vivre の接続法現在3人称単数。
  5. BURIDANT, Claude, Grammaire nouvelle de l'ancien français, Paris, SEDES, 2000, pp. 310-311. § 243.

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。著書に、『狐物語』とその後継模倣作におけるパロディーと風刺』(春風社)がある。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

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