さあ、connaître の直説法現在形の活用を言ってみましょう。je connais, tu connais, il connaît, nous connaissons, vous connaissez, ils connaissent... あれ、3人称単数形の i の上にアクサン・シルコンフレクスがついています。これは、いったいどういうことなのでしょうか。フランス語の歴史に詳しいあの先生に、今日も聞いてみましょう!
学生:先生、今日の授業で、動詞 connaître の活用を説明してくださったじゃないですかー。
先生:あ、そうだね、今日扱ったいくつかの不規則動詞の中に、connaître が出てきたね。
学生:授業中はノートを取るのに必死で質問ができなかったのですが、ひとつどうしても気になっていることがありまして。
先生:connaître と savoir の違いが何か知りたいのかな?
学生:いえ、それはそれで聞いてみたいところですが……。そもそもどうして connaître にはアクサン・シルコンフレクスがついているのでしょうか?
先生:それは、もともと i と t の間にあった s が12世紀頃に無音化して、綴りのみで残っていたんだけど、そのうち s の代わりにアクサン・シルコンフレクスがついたからだよ[注1]。
学生:いつ頃にそのアクサンはついたのでしょうか?
先生:なかなか厳密には言えないけど、フランス語の規範を築こうとするアカデミー・フランセーズの辞書の綴りを見れば、ある程度のことが分かってくる。1694年と1718年の版に connoistre という形が現れているんだけど、connoître というアクサン・シルコンフレクス付きの形が1740年に現れていることから、18世紀の前半に変化が起きたと言える[注2]。現代語の綴りの connaître は、1835年の第6版で初めて確認できるね[注3]。
学生:そういう変化があったんですね。先生の説明を聞いていて気になったのですが、先ほど出てきた connoistre の s はどこから来ているのですか?
先生:その質問に答えるためには、ラテン語や古フランス語までさかのぼらないといけないね。ちょっと長い説明になりそうだけど、時間はあるかな?
学生:はい、大丈夫です。
先生:不定詞の connaître は、古典ラテン語の cognoscere「知るようになる」という動詞に由来している。子音の g は俗ラテン語の段階で消失して、cognoscere → conoscere という形になった[注4]。conoscere の ce という音節はアクセントがかかっていないため、母音の e が紀元3世紀頃に消失して、conoscere → *conoscre という形になったと思われるね[注5]。
学生:アクセントがかかっていない母音は、弱くてなくなりやすい傾向があるんですね。
先生:その通り。続いて、*conoscre の sc という子音のペア [k] の音が3世紀に口蓋化 (palatalisation)して [kj] に変化し、それがさらに [tj]、そして最終的には非口蓋化 (dépalatalisation)して [t] となった。その音の変化を反映して、綴りも conoscre → conostre と変化したんだ。そしてアクセントの音節の [o] が二重母音化して最終的に conostre → conoistre という古フランス語の形に行き着いた、という見方が有力視されているよ[注6]。
学生:現代語と違って、このときの子音字の n は1つだけだったのですか?
先生:n が1つで書かれているときもあれば、cognoscere から脱落した g の代わりに n をつけて、connoistre という n が2つで書かれているときもあったみたいだね。
学生:当時はまだ綴りが統一されていなかったんですね。
先生:その後、二重母音 oi は [we] ないし [ɛ] と発音されるようになるんだけど、18世紀に哲学者のヴォルテール Voltaire (1694-1778年) らが、この [ɛ] と発音されていた oi の綴りを ai にしようと提案し、それが定着して connoistre → connoître → connaître と変化した形が、現在まで引き継がれているんだ。[注7]
学生:そうすると、直説法現在形3人称単数の connaît も同じように変わったと考えて良いんですね。
先生:3人称単数の活用形の connaît も、大まかには同じだと言えるね。古典ラテン語では cognoscit、俗ラテン語では *conoscit という形だった。この *conoscit が3世紀頃に口蓋化して *conoscit → conoistit 的なものになり、7~8世紀頃には語末の母音字 i が消失して、古フランス語では conoistit → conoist という形になったと考えられるよ[注8]。その後、語末の t の直前の s が消えて、i の上にアクサン・シルコンフレクスがついたり、二重母音の oi が ai になったりして、最終的に conoist → conoît , connoît → connaît と変化していくわけだ。
学生:現代語では、connaître の活用形で s が残ったパターンというのはないのでしょうか? i にアクサン・シルコンフレクスがついていない活用形には、どれも -s がついていますよね。
先生:そうだね、例えば現代の活用形では、直説法半過去(je connaissais...)や、接続法現在(que je connaisse...)のほか、現在分詞の connaissant があるよね。そしてその現在分詞から派生した言葉に、「知識」や「知人」を意味する connaissance という単語がある。この [s] の後ろに [t] のような子音が続かないときは、[s] の音は消失せずに残ったんだね。
学生:確かに s が残っていますね! 他にもあるのですか?
先生:形容詞では méconnaissable「見違えるほど変わった」、名詞では「目利き」や「通」を意味する connaisseur , connaisseuse という言葉もあるね。これは余談になるけど、英語にも connoisseur という言葉があって、これは昔の oi の綴りのままなんだ。
学生:英語にもフランス語の名残があるんですね。今日授業中に見た connaître のように、動詞の活用は暗記することが多いから勉強がおっくうになりがちですけど、先生の説明でこの特殊な綴りを忘れることはもうないと思います!
先生:ありがとう、そう言ってくれると励みになるよ。それでは、また来週!
[注]
-1694年(初版): Le dictionnaire de l’Académie françoise, dédié au Roy, Paris, Veuve de Jean-Baptiste Coignard et Jean-Baptiste Coignard, 1694, tome 1, p. 232
https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k503971/f252.item(最終アクセス日:2022年3月16日)
-1718年(第2版): Nouveau dictionnaire de l’Académie françoise, dédié au Roy, Paris, Jean-Baptiste Coignard, 1718, tome 1, p. 324.
https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k12803909/f346.item(最終アクセス日:2022年3月16日)
-1740年(第3版): Dictionnaire de l’Académie françoise, dédié au Roy, Paris, Jean-Baptiste Coignard, 1740, tome 1, p. 342.
https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k50401f/f345.item(最終アクセス日:2022年3月16日)
https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k50407h/f411.item.texteImage(最終アクセス日:2022年3月16日)
MARCHELLO-NIZIA, Christiane, COMBETTES, Bernard, PRÉVOST, Sophie & SCHEER, Tobias, Grande Grammaire Historique du Français, Berlin/Boston, De Gruyter Mouton, 2020, pp. 265-272.
口蓋化は、[i]のような母音などで隣接する音が同化されて、前舌面が硬口蓋(口蓋の前方部分)に向かって近づく現象。例えば日本語では、「カメラ」を「キャメラ」と発音するときに口蓋化が発生する。一方、非口蓋化は一度口蓋化された音が別の音(主に破裂音)に変化していく現象である。