学生:えーっと、J'ai échangé des cadeaux avec mes amis à la fete de Noël. っと。よし、できた!
先生:うーん、ちょっと惜しいね。la fete の部分にアクサン記号の付け忘れがあるよ。
学生:あ、la fêteですね、うっかりしていました。でも、これくらいならアクサンがついていなくても、文脈で意味がわかりますよね? それでも、やはりアクサンをつける必要があるのですか?
先生:もちろん、必要だよ。アクサンの有無は、とても重要。動詞 avoir の活用形である « a » と前置詞 « à » みたいに、単語によっては、その有無で意味が変わってしまうことだってありうるわけだからね。
学生:アクサンってよくわからないなぁ……。どうしてこんな記号を使うようになったんだろう?
先生:じゃあ、ちょっとアクサン記号の歴史について、考えてみようか。フランス語でアクサン記号が使われるようになったのは、1525年から1540年の間であるといわれているよ[注1]。この記号は本来、イタリアの人文主義者たちが、ギリシア語やラテン語のテキストを校訂するときに使用するものだったんだ。そして、活版印刷の現場で活躍していた書体デザインや活字鋳造の職人たちの手によって、アクサン記号が印刷物に印字されるようになり、少しずつ世の中に広まっていったとされているよ。
学生:そうなんですね! まさか、アクサン記号が校訂用の記号だったとは!
先生:中でも、アクサン記号の普及に最も貢献したのは、ジョフロワ・トリー Geoffroy Tory (1480-1533) という印刷業者なんだ。彼が1529年に出版した著書『万華園』Champ fleury では、彼自身、フランス語へのアクサン記号の導入を望んでいるのがわかる。
En nostre langage Francois n'avons point d'accent figure en escripture, & ce pour le default que nostre langue n'est encores mise ne ordonnee a certaines Reigles comme les Hebraique, Greque, & Latine. Je vouldrois qu'elle y fust ainsi que on le porroit bien faire.[注2]
私たちのフランス語には、文章中にアクサン記号がない。これは、ヘブライ語、ギリシア語、ラテン語のように、特定の規則に従って、言語がまだ整理されていないという欠陥のためである。正しく読み書きするため、私はフランス語に明確な規則性を持たせたい。
学生:まだ「フランス語」というものの枠組みが、明確ではなかった時代の話ですね。
先生:そうそう。アクサン記号は、音声だけでなく、印刷物に書かれたフランス語を理解しやすくする必要が出てきたことによって使われるようになったと考えられる。たとえば、signe / signé のように読み方によって解釈に違いが生じやすい同形異義語の « e » に「アクサン・テギュ」accent aigu が付されるようになった。他にもアクサン・テギュは、発音されない子音の前の « s » が落とされたときに、先行する母音に付されたりもしているよ(古仏:escole > 現仏:école)。
学生:なるほどなるほど。
先生:同じ時期に「アクサン・グラーヴ」accent grave も登場するよ。アクサン・グラーヴは、アクサン・テギュのように同形異義語を識別する機能(des / dès など)以外には、印刷業者のシャルル・エティエンヌ Charles Estienne (1504-1564) がつけ始めたといわれる「語尾の -ès (accent grave + s)」の機能があるね。これは、主に古典ラテン語での語尾が -essus だった語をフランス語で表記するときに使うもので、たとえば succès (古羅:successus)、 excès (古羅:excessus) などが挙げられる。ただし、18世紀までは、この語尾はアクサン・グラーヴではなく、アクサン・テギュで表記することもあったんだ。
学生:アクサン・グラーヴで表記するところを、アクサン・テギュで表記することができたなんて、意外ですね。現代フランス語のアクサン・テギュとアクサン・グラーヴには、発音上「狭母音」と「広母音」の違いが見られたりもしますよね。それぞれの記号と発音は、当時から対応関係にあったのでしょうか?
先生:おっ、いい質問をするね。実をいうと、16~17世紀におけるアクサン記号は、21世紀に生きている私たちのアクサン記号の認識とはまったく違うもので、特に音素の違いを示す機能は持っていなかったんだ。この2つの記号が、発音区別符号として母音字の異なる音素をそれぞれ明確に記すようになったのは、18世紀になってからだよ。
学生:どうして18世紀になってから区別されるようになったのでしょう?
先生:それは、アカデミー・フランセーズの1740年版の辞書が、1つの転換点になるといえるだろうね。たとえば、1740年版の辞書では、狭母音で発音する語 despit には dépit という風に、アクサン・テギュが付されている。また、このときまでは、広母音で発音する語にアクサン・テギュが使われることもあったんだけど(古仏:maniere → manière, maniére)、1740年版の辞書では広母音にアクサン・グラーヴが付されるようになった(古仏:maniere → manière)。このことから、アクサン・テギュとアクサン・グラーヴは、18世紀になってやっと異なる音素を示す記号になったということがわかるんだよ。ただし、« x » に前置される « e » にアクサン・テギュをつけるかどうか(exercice, éxercice)という点に関しては、当時まだ明確に規定されていなかった。その後、1762年版の辞書では、アクサン記号が完全に削除されている。このことから、現在のようなアクサン記号のつけ方は、アカデミー・フランセーズの辞書でいうと、1740~1762年頃に採用されるようになったといえるんだ[注3]。
学生:アカデミー・フランセーズの辞書を確認することで、アクサンがどのように扱われていたかがわかるわけですね。ちなみに、アクサン・テギュとアクサン・グラーヴについては理解できたのですが、「アクサン・シルコンフレクス」accent circonflexe はどうだったのでしょうか?
先生:アクサン・シルコンフレクスに関しては、16世紀の終わり頃から、すでに現在と同じように使われていたよ。
学生:アクサン・シルコンフレクスって、アクサン・テギュとアクサン・グラーヴに比べると、いまいち違いがよくわからないんですよね……。具体的に、何が、どう違うのでしょう?
先生:じゃあ、ちょっと簡単に整理してみようか。
◆現代フランス語におけるアクサン・テギュの特徴
アクサン・テギュは « e » にのみ用いられ、原則として « é » は狭母音の [e] を表す。
1.同形異義語の識別
signe / signé など
2.無音化して脱落した « s »
école (古仏:escole)、étude (古仏:estudie) など
◆現代フランス語におけるアクサン・グラーヴの特徴
アクサン・グラーヴは « a » « e » « u » に用いられ、原則として « à » は狭母音 [a]、« è » は広母音 [ɛ] を表す。« u » にアクサン・グラーヴが用いられるのは où のときのみで、狭母音 [u] を表す。
1.同形異義語の識別
la / là、des / dès、ou / où など
2.語尾の -ès (accent grave + s)
succès (古羅:successus)、excès (古羅:excessus) など
◆現代フランス語におけるアクサン・シルコンフレクスの特徴
アクサン・シルコンフレクスは « a » « e » « i » « o » « u » に用いられ、原則として « â » « ê » « ô » は広母音 [ɑ] [ɛ] [ɔ]、« î » は狭母音 [i] を表す。« û » は、単独では狭母音 [y]、狭母音と広母音がありうる複数の母音字では、狭母音(あるいは半狭母音)であることを表す。
1.同形異義語の識別
du / dû (< devoir)、jeune [ʒœn] / jeûne [ʒøn] など
2.無音化して脱落した « s »
fête (古仏:feste)、île (古仏:isle)、goût (古仏:goust)、hôpital (古仏:hospital) など
3.母音衝突の回避
âge (古仏:aage)、rôle (古仏:roole) など
4.語源となる語に含まれていた長母音
grâce (古羅:gratia)、arôme (古希:aroma)、trône (古希:thronos) など
ただし、無音化して脱落した « s » は、必ずしもアクサン・シルコンフレクスになるとは限らない。たとえば、toujours という語は tous と jours の合成語であり、tousjours → toujours と変化している。先のルールに従えば、脱落した « s » の名残で *toûjours という綴りになるはずだが、ここではその跡が見られない。このように、本来ならアクサン・シルコンフレクスがあるべきところに付いていない例は他にもあり(古羅:flasco → 現仏:flacon、 古仏:chascun → 現仏:chacun など)、体系的なルールとは言い切れない部分がある[注4]。
学生:こうしてみると、いろんな使い方があるんですね……。あっ、そういえば、現代フランス語の動詞 être の成り立ちを教えていただいたとき、確か古フランス語の estre が変化して今のような形になったと仰ってましたよね[注5]。もしかして、あれは « s » が無音化して脱落した結果なのですか?
先生:すばらしい! よく覚えていたね! まさにその通りで、あれは « s » が脱落してアクサン・シルコンフレクスになった結果なんだよ。さっき君が書き損じた la fête も、古フランス語では la feste だしね。これは古典ラテン語の festa に由来する語で、現代スペイン語では fiesta、現代イタリア語では festa の形で残っているよ。ちなみに、現代フランス語の le festival には « s » が残っているよね。これは古典ラテン語の festivus に由来するんだけど。
学生:もしかして、英語の festival も、それと何か関係がありますか?
先生:もちろん。英語の festival は、現代フランス語の le festival からの借用語なのさ。日本語でも「フェス」とか「フェスティバル」とか表現したりするけど、元をたどれば英語ではなく、フランス語を使った表現だとも言えるよね。
学生:なるほど、そうだったのですね! 記号1つとっても、綴りや発音の違いなどが正確にわかってくるので面白いですね。アクサン記号、奥が深いです!
先生:アクサン記号は、何となく付いているものじゃなくて、それぞれキチンと理由があって付いていることがわかってもらえたかな? たかがアクサン、されどアクサン。フランス語で作文するときには、注意して使い分けてね。
[注]