(その1から続く)
「芋版」消そうか、消すまいか
飯間:では「芋版」について、もう少し詳しく伺います。今回、『消えたことば辞典』にも載せたんですよね。
見坊:はい、取り上げました(p.24)。「芋版」は『明解国語辞典』改訂版(1952年)で載って、『三省堂国語辞典』の初版(1960年)ですぐに消えてしまうんです。ところが、第二版(1974年)でまた載ります。その後、現在の第八版(2022年)までずっと載っています。
飯間:こんなふうに消えたり載ったりする項目を、見坊さんは「点滅項目」と言っていますね(編集部注:p.53「官臭」の脚注)。実は私も経験がありますが、お祖父さま(見坊豪紀先生)はどんなことを考えながら「芋版」の加除を繰り返されたのでしょう。見坊さんの目から見ていかがですか。
見坊:うーん、そこは祖父本人に直接聞きたいところです。見坊豪紀は『明解国語辞典』から『三省堂国語辞典』の初版を生み出す時に、ものすごく中身の入れ替えをやっています。「『明解国語辞典』とは違う辞典にするぞ!」という意気込みを強く感じます。ページ数を減らして語数を絞る必要がある中で、時には勢い余って消してしまった項目もあったと推測しています。
飯間:『明解国語辞典』改訂版が全962ページ、『三省堂国語辞典』の初版が全928ページですか(編集部注:本書の後ろ見返し「三省堂国語辞典の歩み」参照)。今から見るとどちらも「薄い本」ですが、よりハンディーにすることが求められたんですね。その中では「芋版」は要らないと判断された。
見坊:これからの時代には使われなくなるだろうと見切りで消したのかもしれません。他の辞書なら残したであろう項目もあえて削除しようと判断させる「何か」があったように思えます。
飯間:新しい辞書作りに向けての志というか、情熱というか。そんな思いがおありだったのでしょうね。
「決意」を感じる削除項目
飯間:私が『三省堂国語辞典』の初版、第二版あたりを見ていて特に感じるのは、「古い時代に決別したい」というお祖父さまの決意です。例えば、軍事用語、兵隊用語はかなり消えてしまいましたね。
見坊:そのようです。『明解国語辞典』の改訂版にあった軍事用語の類いは『三省堂国語辞典』の初版にはあまり入っていません。「ウウボオト」(Uボート)や「特火点」(トーチカ)などが初版で消えています(編集部注:「ウウボオト」は第二版で「ユーボート」として復活)。
飯間:以前、毎日新聞の取材に答えたことがありますが、「軍靴の響き」など比喩的に使われる「軍靴」という項目も、お祖父さまは削除されましたね。
見坊:はい。「軍靴」も今回、『消えたことば辞典』に入れました(p.73)。
飯間:お祖父さまとしては「もうこれからは軍靴が響くような時代じゃないんだ」と考えていらしたのではないかと想像します。
見坊:私もそう思います。「軍靴」の隣の「軍足」(軍人のはく靴下)も『三省堂国語辞典』の初版まで残りましたが、第二版で消えて、その後復活しませんでした(編集部注:「軍靴」は第七版で復活)。
飯間:『三省堂国語辞典』の初版で消し残したものも、第二版でできるだけ消したということかもしれません。軍隊用語は特に象徴的ですが、そうやって古い時代に別れを告げる気持ちがおありだったと思うんです。先ほどの「芋版」にしても、「あと何年かすればプリントゴッコというのも発明されるだろう」などと考えをめぐらされたのではないかな。
見坊:プリントゴッコまで予見したかは分かりませんが(笑)、でも結局、芋版というモノは残りましたね。私自身は作った記憶がないのですが、さくらももこさんの漫画『ちびまる子ちゃん』で、まる子が芋版を彫って年賀状に押す場面がありました。作者の実体験が反映されているならば、1970年代のことですね。『三省堂国語辞典』第二版で「芋版」が復活した時期に重なります。
飯間:私も1970年代、小学生の頃に芋版で年賀状だか何だかを作った記憶があります。「芋版」という言葉はなじみ深いんです。でも、べつに70年代に芋版ブームが起こったわけではありません。芋版の年賀状というのは戦前からずっとあったんです。
見坊:そうですよね。となると、やはり祖父が「芋版」を消したのは早まった感がありますね。
飯間:お祖父さまも迷っていらしたのかなと想像します。「芋版」という言葉は消えるかもしれないし、残るかもしれない。そういうお祖父さまの気持ちの揺らぎが現れているのだとしたら面白いですね。
見坊:『三省堂国語辞典』の初期は、まさに項目を総取っ替えするほどの意気込みで編纂に当たっていて、それが「芋版」を含む項目の大胆な取捨選択につながったのでしょうね。
刊行後4か月で古い言葉になった項目
飯間:「古い日本語に決別したい」というお祖父さまの決意を象徴するような言葉として、他に印象に残ったものはありますか?
見坊:決意を感じたというのとは違うんですが、戦後、古い制度がどんどん変わりましたよね。『三省堂国語辞典』の初版で削除された中にも、制度の改廃に伴って消えた印象的な言葉があります。例えば「電気通信省」(p.146)。これは逓信省(ていしんしょう)の後釜としてできた組織です。
飯間:逓信省の後釜は郵政省だと思っていましたが……。
見坊:それが、郵政事業は郵政省、電気通信事業は電気通信省と2つに分かれたそうなんです。電気通信省はすぐに解体されて電電公社になります。後のNTTです。ところが、電気通信省が存在したごく短い時期に、たまたま『明解国語辞典』の改訂版が出て、「電気通信省」はその版にしか載っていないということになりました。
飯間:ははあ、なるほど。ちょっと行政に振り回されてしまったような感じですね?
見坊:まさにそうです(笑)。この『明解国語辞典』改訂版の刊行後4か月ぐらいで電電公社が立ち上がってしまい(編集部注:1952年8月1日設立)、あっという間に古くなったという可哀想な項目です。
編纂者を悩ませる言葉
飯間:行政が制度を変えて、辞書が振り回されてしまうことは、けっこうあるんです。私自身が関わった版で印象深いのは「政策ライブトーク」です。
見坊:なんでしたっけ、それ。
飯間:「タウンミーティング」(行政などと市民との対話集会)の別名なんです。「タウンミーティング」という言葉は1970年代末から知られるようになりました。21世紀になって、小泉内閣が積極的にタウンミーティングを推進したことなどをきっかけとして、『三省堂国語辞典』第六版(2008年)の項目に立てることになったんです。
見坊:タウンミーティングのほうはわかります。ひと頃騒ぎになっていたような。
飯間:ええ、やらせ質問などが発覚して、運営体制に批判が集まりました。それで、内閣府が2007年、集会の名前を「政策ライブトーク」に変えて再出発を図った。それを受けて、『三省堂国語辞典』第六版は、ほとんど校了直前に「タウンミーティング」の項目を「政策ライブトーク」に差し替えたわけです。
見坊:そんなことがあったんですね。たしかに、第六版に「政策ライブトーク」が載っています。第七版ではそれが消えて、「タウンミーティング」になっていますね。
飯間:政策ライブトークって、ほとんど開かれなかったんですよ。その後、むしろ各地域でタウンミーティングが盛んに行われるようになりました。やっぱり「タウンミーティング」のままがよかったと、私たちは後悔のほぞをかんだんです。それと同じようなことが、『明解国語辞典』の頃にも起こっていたとすると、お祖父さまにとても共感します。
見坊:一般に言葉が定着するかどうかという予測は困難ですが、ある程度「こうなりそうだ」という流れもあるでしょう。でも、制度に関する言葉は、誰かの鶴の一声で急に出てきたり、それっきり出て来なくなったりと、人為的な動きをしますよね。そのことが辞書に載せるかどうかの判断を難しくするのではないでしょうか。
飯間:少し雰囲気を変えるために名前だけ変える場合もありますしね。辞書を作る側としては、「前のままでもいいのにな」と思うこともあります。「政策ライブトーク」のようなことがあると、先が読めなくて悩むわけです。
見坊:まさしく辞書が振り回されてしまう。ただ、「雰囲気を変えるために言葉を変える」というのは一般語でもよくあることですよね。
飯間:「運動着」が「トレーナー」や「スウェット」になったりしますね。今回、見坊さんが見つけたものは他にありますか。
見坊:『消えたことば辞典』から一つ挙げるなら、「即実」です(p.127)。「事実に即すること」という意味で、「即実的」などと言いました。『三省堂国語辞典』の第二版で削除されましたが、今で言う「エビデンスベースド」や「ファクトベース」をひと言で表していますね。この言葉を見つけた時、「カタカナ語を使わなくても、もうこれでいいじゃないか」と思いました。
飯間:見坊さんは「即実的」をご自身の説明文の中でも使っていますね(編集部注:p.231「ルイセンコ学説」の脚注)。きっと愛用語になったに違いないとお見受けしました(笑)
「先端的」の項目はこれでよかったか
飯間:「即実」のように、古い言葉を見ていて、「現在ならさしずめこの言葉に当たるじゃないか」と気づくことがありますね。たとえば、戦前には「尖端(せんたん)的」という言い方が「最新流行の」というような意味で使われました。「尖端的だわね」という流行歌もありました。1970年代末なら「ナウい」、現在なら「今っぽい」に相当するでしょうか。
見坊:少し前に『戦前尖端語辞典』(平山亜佐子 編著、山田参助 絵・漫画、左右社、2021年)という辞書が出ていますが、まさにその「尖端」ですね。
飯間:そうそう。若い人が日常会話で普通に「尖端的」と言っていたわけです。現在は「先」の字で表記した「先端的」が使われていますが、戦前の流行語とはニュアンスが変わっていますね。「先端的な科学技術」「先端的な研究」のように「最も進展・発展した」といった意味で使われます。
見坊:現在の『三省堂国語辞典』第八版に「先端的」は載っているんですか。
飯間:どうだったかな……(と言いつつ第八版を確認して)載っていますね。でも、この説明はどうだろう。「流行などの先頭に立つようす」。戦前の流行語の説明のようですね。
見坊:実は『明解国語辞典』初版の「尖端的」もほぼ同じで「流行等の先頭に立つこと」とあります。
飯間:その時代の説明からあまり変わっていない。『三省堂国語辞典』第八版の説明も間違いとまでは言えないでしょうが、現代語としてのニュアンスがうまく反映されていません。これは今後の宿題とさせてください。見坊さんの「即実」から話が転がって、私たちの辞書の改善すべき点に気づいてしまいました。
見坊:次の第九版ではどうなっているか、今から結果が気になります。
飯間:『三省堂国語辞典』を編纂していると、かなり古い版の記述が残っていることに気づくことがあります。それが悪いとばかりは一概に言えませんが、とっくに削除されたと思っていた項目が残っていて、はっとすることがあります。見坊さんも今回『消えたことば辞典』を編纂される中で、「この言葉はこんなに後の版にまで残っていたのか、もっと早く削ってもよかったんじゃないか」と気づいたことはありますか。そのあたりをもう少し伺えませんでしょうか。
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次回も『消えたことば辞典』でとりあげた、具体的な言葉についてのお話が続きます。まだまだ話題が尽きません! どうぞご期待ください。
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今回のオフレコ
飯間:あっ、なんか今電話がかかってきました。ちょっと今は出られませんね。
見坊:えっ(笑)。
飯間:ああでも(うろたえて)、留守電、留守電になってますから大丈夫です。
見坊:私は大丈夫ですので(笑)。
飯間:いえ、話が佳境に入ってきたので、このまま続けましょう。
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