(短期集中連載)「いちかっこ」「いちまる」の広がり

「いちかっこ」「いちまる」の広がり その2

筆者:
2024年8月27日

「いちかっこ」「いちまる」の地域差

「いちかっこ」「いちまる」の地域差について、かつて面接調査で確かめたことがある。福島大学半沢康氏との共同研究である。手に入りにくい図なので、ここに一部分を掲げる。日本海沿いに、線状の地域で各年齢層ごとにことばを聞いて回った結果で、「グロットグラム」と呼ばれる図である。図の上が北、下が南、左が高年層、右が中学生で、丸印は使う、△は聞く、線は聞かない、である。

見事に「いちかっこ」が山形県内(日本海沿いの庄内地方)で使われているが、例外もあり、山形県の中年層には「聞く」だけという人もいる。一方新潟県の若い世代にも広がっている。「いちかっこ」が小規模ながら県外に広がっているようだ。なお図を略すが、「いちまる」も調べてある。そっくりの分布だが、新潟県では使う地点数が少ない。「いちかっこ」がまず普及し、「いちまる」があとを追っていると見られる。前述のように、筆者はこの地域の生育だが、「まるいち」は使った覚えがない。この調査の質問文では「かっこいち」と「まるいち」とを2問に分けて質問したわけではないので、違いが出なかった可能性がある。

なお鶴岡市周辺では国立国語研究所の長期経年調査をはじめ、多くの言語調査があり、その結果によると、昔からの方言語彙は、21世紀の若い世代では、使われなくなる勢いが激しい。しかし、付図によると、「いちかっこ」「いちまる」は、活力がある。このまま生き延びるだろう。

筆者プロフィール

井上史雄 ( いのうえ・ふみお)

東京外国語大学名誉教授。明海大学名誉教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。

履歴・業績

https://innowayf.net/

http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/

英語論文

https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/

「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

みなさんは、「(1)」「①」をどのように読んでいるでしょうか? 

ネットやテレビなどメディアで話題になっている山形県に特有の読み方について、井上史雄先生の方言調査結果も含めた3回にわたる短期集中連載です。