人名用漢字の新字旧字

第27回「鴎」と「鷗」

筆者:
2009年1月15日

旧字の「鷗」は人名用漢字なので子供の名づけに使えるのですが、新字の「鴎」は子供の名づけに使えません。「鷗」は出生届に書いてOKだけど、「鴎」はダメ。「欧」と「歐」の逆ですね。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

国語審議会のもと平成6年7月6日に発足した字体に関するワーキンググループは、ワープロにおける字体の問題を審議していました。当時のワープロでは、新字の「鴎」は表示できるのに、旧字の「鷗」は表示できないものが、多数あったのです。というのも、当時のワープロが準拠していた漢字コード規格JIS X 0208(平成2年9月1日改正版)は、「鴎」を第1水準漢字に収録していたのですが、「鷗」は収録していませんでした。この問題を解決するためには、国語審議会としては、常用漢字以外の漢字に対しても印刷字体の標準を定めなければならない、という方向に審議は進んでいきました。

一方、平成10年7月25日にMicrosoftが発売したWindows 98日本語版は、JIS X 0208のみならず補助漢字規格JIS X 0212(平成2年10月1日制定)の漢字も、標準で搭載していました。JIS X 0212には「鷗」が収録されていたので、Windows 98日本語版では、「鴎」も「鷗」も表示できました。また、通商産業省は平成12年1月20日に新たな漢字コード規格JIS X 0213を制定し、「鴎」を第1水準漢字に、「鷗」を第3水準漢字に収録しました。

これに対し国語審議会は、平成12年12月8日、表外漢字字体表を答申しました。表外漢字字体表は、常用漢字(および当時の人名用漢字)以外の漢字に対して、印刷に用いる字体のよりどころを示したもので、1022字の印刷標準字体と22字の簡易慣用字体が収録されていました。この中に、「鷗」と「鴎」が、それぞれ印刷標準字体と簡易慣用字体として含まれていました。印刷物には、印刷標準字体の「鷗」を用いるのが望ましいが、必要に応じて簡易慣用字体の「鴎」を用いてもかまわない、という玉虫色の答申だったのです。

法制審議会のもと平成16年3月26日に発足した人名用漢字部会は、JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「鷗」は、JIS X 0213の第3水準漢字で、出現頻度数調査の結果が384回でしたから、人名用漢字の追加候補となりました。一方、新字の「鴎」は、JIS X 0213の第1水準漢字でしたが、出現頻度数調査の結果が61回で、不受理の法務局数が5以下だったため、追加候補にはなりませんでした。平成16年8月25日、人名用漢字部会は追加候補488字を選定し、法制審議会に報告しました。この488字の中に、「鷗」は含まれていましたが、「鴎」は含まれていませんでした。

平成16年9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。「鷗」は人名用漢字になりましたが、「鴎」は人名用漢字になれませんでした。それが現在も続いていて、旧字の「鷗」は出生届に書いてOKですが、新字の「鴎」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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