人名用漢字の新字旧字

第42回 「挙」と「擧」

筆者:
2009年9月10日

新字の「挙」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「擧」は子供の名づけに使えません。新字の「挙」は出生届に書いてOKですが、旧字の「擧」はダメ。でも、新字の「挙」が決まるまでには、かなり議論があったのです。

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漢字制限に関する審議をおこなっていた国語審議会は、昭和17年6月17日、文部大臣に標準漢字表を答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、2528字が収録されていました。この中に旧字の「擧」が含まれていて、その直後には、カッコ書きで「」が添えられていました。つまり「擧()」となっていたわけです。標準漢字表では、「」はカッコ書きになっているものの、一般に使用して差し支えないということでした。

ところが戦後になって、国語審議会は「」を撤回します。昭和21年4月27日、標準漢字表再検討に関する主査委員会は、常用漢字表を国語審議会に提出しました。この常用漢字表は、手書きのガリ版刷りで1295字を収録していましたが、「擧」は旧字だけが収録されていて、カッコ書きは添えられていませんでした。さらに、昭和21年8月27日、常用漢字に関する主査委員会は、旧字の「擧」に対する簡易字体として、「」ではなく「挙」を用いることを決定します。「譽」に対する簡易字体が「誉」だったことから、「擧」に対しても「挙」としたのです。また、昭和21年10月1日に主査委員会は、表の名称を、常用漢字表から当用漢字表へと変更しました。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表を答申しました。この時点の当用漢字表は手書きのガリ版刷りでしたが、新字の「挙」が収録されていて、直後にカッコ書きで旧字の「擧」が添えられていました。つまり、「挙(擧)」となっていたわけです。翌週11月16日に内閣告示された当用漢字表でも、やはり「挙(擧)」となっていました。

昭和23年1月1日、戸籍法が改正されました。同日施行された戸籍法施行規則により、子供の名づけに使える漢字が、当用漢字表1850字に制限されました。この結果、新字の「挙」だけが出生届に書いてOKとなりました。「擧」や「」は、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。それが現在も続いていて、「挙」は出生届に書いてOKですが、「擧」や「」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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