人名用漢字の新字旧字

第46回 「遥」と「遙」

筆者:
2009年11月5日

新字の「遥」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「遙」も人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。つまり、「遥」も「遙」も出生届に書いてOK。でも、「遙」が子供の名づけに使えるようになったのは、「遥」より23年も後のことでした。

昭和17年6月17日に国語審議会が答申した標準漢字表には、旧字の「遙」が収録されていました。ところが、昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、「遙」も「遥」も収録されていませんでした。そして、戸籍法が昭和23年1月1日に改正された結果、旧字の「遙」も、新字の「遥」も、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和53年11月、法務省民事局は全国の市区町村を対象に、子供の名づけに使える漢字として追加すべきものを調査しました。昭和54年1月25日に発足した民事行政審議会では、この調査をもとに、人名用漢字の追加が議論されました。この時、追加候補となった漢字の一つに、旧字の「遙」がありました。ただ、旧字の「遙」をそのまま人名用漢字に加えるわけにはいかない、と、民事行政審議会は考えました。というのも、この時点の常用漢字表案(昭和54年3月30日、国語審議会中間答申)には、「揺(搖)」と「謡(謠)」が収録されていたからです。つまり、常用漢字表の「揺(搖)」や「謡(謠)」に字体をそろえるなら、旧字の「遙」ではなく、新字の「遥」を人名用漢字に追加すべきだ、ということになったのです。この結論にもとづいて、昭和56年10月1日、「遥」が人名用漢字に追加されました。

しかし、新字の「遥」が人名用漢字に収録されても、旧字の「遙」を子供の名づけに使おうとする人は、後を絶ちませんでした。法制審議会は平成16年2月10日の総会で、人名用漢字の見直しを決定、人名用漢字部会を発足させました。3月26日に発足した人名用漢字部会では、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。平成16年8月25日、人名用漢字部会は、人名用漢字の追加候補488字を選定し、法制審議会に報告しました。この488字の中に、旧字の「遙」が含まれていました。「遙」は、出現頻度が225回で、全国50法務局のうち33管区で出生届を拒否されたことがあって、しかもJIS X 0213の第2水準漢字だったので、追加候補となったのです。

平成16年9月8日、法制審議会は、人名用漢字の追加候補488字をそのまま法務大臣に答申しました。平成16年9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。旧字の「遙」も人名用漢字になり、それ以降は「遥」も「遙」も出生届に書いてOKなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

//srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。