日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第61回 「見るからに選択肢」について

筆者:
2014年6月1日

仕事柄,入試問題や期末試験その他,いろいろな試験問題の作成に関係することがある。その多くは「~に関して考えるところを述べよ」といった記述問題だが,「~に関する正しい記述はどれか。選択肢1~4から一つ選べ」のような選択問題を作成するということも,まったくないわけではない。その場合,正しい選択肢と間違った選択肢を作る必要があるが,気を付けなければならないのは,「見るからに選択肢」を作ってはいけないということである。これは私一人の考えではなく,問題作成者(つまり私)を統括する上位組織からもうるさく言われることである。

「見るからに選択肢」とは何か? それは「見るからに正しい選択肢」や「見るからに誤っている選択肢」のことだが,単に正誤判断が易しすぎる選択肢を作るなというわけではない。重要なのは,受験者に対して問うべきことが問えていない,そういう選択肢を作ってはいかんということである。

例として,自動車運転免許の試験を考えてみよう。この場合,受験者に対して問うべきは,交通に関する規則などの理解如何である。だが,もしも選択肢に「運転中は周囲の様子にやたらに注意する」とあれば,受験者は交通に関する知識がなくても「「やたら」とあるから誤りだろう」と,ことばに関する感覚から正誤を判断できてしまう。つまり「やたら」は動作を行う者(運転者)の「格」や「品」を下げる「マナー」違反のことばだと知っているだけで,この選択肢の正誤判断(しかも正しい判断!)ができてしまう。これが私の言う「見るからに選択肢」(この場合は「見るからに誤っている選択肢」)である。

だが,このような「見るからに選択肢」を完全に除外することは実は難しい。たとえば「やたら」を「十分に」変えて「運転中は周囲の様子に十分に注意する」とすれば,この選択肢は途端に「見るからに正しい選択肢」っぽい,随分もっともらしいものになってしまう。いくぶん和語らしい「様子」を漢語らしい「状況」に改め,「運転中は周囲の状況に十分に注意する」とすれば,もはや正しい選択肢としか見えないだろう。しかし,その「十分に」を悦楽的な匂い漂う「たっぷり」に置き換え,「運転中は周囲の状況にたっぷり注意する」とすれば「見るからに誤っている選択肢」に逆戻りである。そもそも「周囲の状況に注意する」には「よそ見する」と紙一重の部分があるが,「よそ見」は「マナー」違反のことばであり,これが入ればもう「見るからに誤っている選択肢」にしかならない。

たとえば「この標識のある道路では最高時速50キロで走行できる」に比べて「この標識のある道路では最高時速50キロで走って何ら問題はない」があやしく感じられるように,そして「事故を起こしたら負傷者の救助を最優先する」に比べて「事故を起こしたらとにかくまず負傷者を救助するのがいい」がもっともらしさに欠けるように,また「運転前には運転計画を立てなければならない」に比べて「運転前には運転計画を立てればいい」が誤りらしく感じられるように,選択肢の判断は「熟考は善。短絡は悪」といった倫理規範にも影響され,実は微妙なところが多い。(そしてこの倫理自体の妥当性も,「熟考」を「ぐずぐず考え続けること」に,「短絡」を「スピーディな判断」に置き換えればあやしくなる。) 試験問題で確かめたいのがそうした倫理規範の習得如何ではなく,「誰でもこの規則を守れば最低限の安全は保証できる」という交通規則の理解如何なのであれば,その目的に応じた選択肢を作る必要があるだろう。「マナー」(つまりキャラクタ)は,こうした問題の作成にも深く関わっている。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。