「マナー」に関することばの基本は,マナー違反を言い立てる否定的な評価のことばだということを,ここしばらく述べている(補遺第65回・第66回)。マナー合致の肯定的な評価のことばも少数あるが,言い方を少し変えると,マナー違反のことばになってしまうことがあるのだった。
言い方を変えなくとも,これらのマナー合致のことばを「上のレベル」に持っていくだけで,マナー違反のことばができあがることもある。インターネット上の実例を挙げると,自分のカーナビを冗談まじりにけなしている次の(1)では,このカーナビが「きっちり」黙り込むと述べられている。
(1) そうそうナビって結構腹立たしい時ありますよ。
右!左!急発進禁止!とか煩いんですよ。
そのくせ道を間違うと,きっちり黙りこむんですよ。
都合が悪くなると無口になるって,プログラムをした奴の人間性が伺えます(笑)
家人なんか,都度「ごめんなさいは!」って叱りつけてます(爆)[//panoramahead.blog123.fc2.com/blog-entry-722.html,最終確認:2014年8月11日,以下も同様]
黙り込む様子はよく「突然」「むっつり」「不機嫌そうに」などと形容されるが,このカーナビはそれと同じようなレベルで「きっちり」黙り込むというわけではない。ふだんは矢継ぎ早にルートを指示してくるくせに,いったんルート指示を間違えてしまうと「必ず決まって」黙り込む,その様子が「きっちり」ということだろう。先に「上のレベル」と述べたのはこの意味である。類例として(2)(3)を挙げる。
(2) 結局,××××は何の管理もしていないことがわかった。
そのくせ,会費だけはしっかりと徴収しやがるから,たちが悪い。[//slashdot.jp/comments.pl?sid=3964,固有名詞は伏せる]
(3) でも,もう借りるとこなんてない。
そのくせ,食費を切り詰めてパチンコだけは,ちゃんとやっていやがる。[//blog.livedoor.jp/partidoalto/archives/1083034.html]
例(2)の「しっかりと」は,インターネット上の某オークションサービスが,会費徴収の仕方が「しっかりと」している(たとえば会費の振込が1日でも遅れればすかさず取り立て屋を差し向ける)と述べたものではなく,管理は手抜きする一方で会費は「忘れず必ず」徴収すると揶揄したものだろう。同様に例(3)の「ちゃんと」も,パチンコのやり方がいい加減ではなく「ちゃんと」していると述べたものではなく,借金もできないほど逼迫した状況にありながらパチンコだけは「一人前に」やると皮肉ったものだろう。これらの「しっかりと」「ちゃんと」も「上のレベル」にあり,がめつく,したたか,己れの利にさとく厚顔無恥,つまりマナー違反を言い立てることばになっている。この場合,文中には「そのくせ」「だけは」「やがる」といった語句が現れることが多い。
前回取り上げた「越後屋,そちもワルじゃのぅ」などを河上誓作先生は「偽悪型アイロニー」と呼ばれたが,マナー合致の肯定的な「きっちり」「しっかり」「ちゃんと」などが「上のレベル」で持つこのような偽善的な用法は,通常の意味で「アイロニー」と言ってよいだろう。