日本語社会 のぞきキャラくり

第84回 指定が部分的な発話キャラクタ(中)

筆者:
2010年4月4日

やっぱり、お天道様と旦那は何でもお見通しだぜ。その通りよ。言おう言おうと思いながらここまで来ちまったが、おれだって隠すつもりはなかったんだ。

発話キャラクタを観察しようってんで、「品」に「格」に「性」に「年」、都合4つの観点を持ち出したのはたしかにこのおれだ。だがよ、この4つの観点はいつもいつも具体的な指定が必要ってわけじゃねえ。「無指定」てぇのもあるんだ。「品」「格」「年」が無指定の『女』にしても、「格」と「年」が無指定の『下品』な『男』にしてもそうだ、つまり4つの観点のうち、指定されるのが一部の観点だけにとどまる発話キャラクタ、てぇのもあるわけさ。

これまで、「品」の『上品』『下品』、「格」の『特上』『目上』『目下』『ごまめ』、「性」の『男』『女』、「年」の『老人』『年輩』『若者』『幼児』てぇ具合に、値に過ぎねえものをわざわざ二重のカギ括弧でくくって、キャラクタみてぇに書いてきたじゃあねえか。これも無指定てぇことがあるからさ。他の観点がみんな無指定なら、1つの観点の値がそのまんま発話キャラクタになっちまう。だから値と発話キャラクタをおんなじに書いてきたのよ。

えっ、それじゃ4つの観点がぜんぶ無指定ならどうなるかって?

へっへっ、旦那もお人が悪いや。おれを試しているのかい? そのことなら、とっくに話したはずだぜ。

おれたちが思う以上にたくさんのことばが、よくよく調べてみりゃあ役割語だってこと、発見の「た」を例にとって話したじゃあないか(第28回)。あの時、おれが最後に何と言ったか、旦那覚えてるかい? 間違っていたら後でいくらでも直すことにして、とりあえず「すべてのことばは役割語だ」って考えてみようぜって、おれはそう言ったんだ。

あれからちょうど1年が経ったわけだが、おれはまだ考えを変えちゃあいねえ。いねえどころか、ますますその気になってきたぜ。

思い出してもみなよ、この1年のことを。一見ちぃとも役割語らしくねえ、どこのどいつだっておんなじように言いそうに思えてた「だ」や「です」が、本当のところどうだったか。

『男』なら「雨よ」「きれい」「大変」なんて言いやしねぇ。「だ」を付けて、「雨だよ」「きれいだ」「大変だ」と言うんだ。これは、「だ」は特に『男』と結びつく役割語の面を持ってるてぇことさ(第66回)。

「です」にしてもそうだぜ。「帰ったです」なんて、動詞に「です」をつなげてしゃべる『幼児』みてぇな奴がいるんだ。つまり「です」にも役割語の面があるてぇことさ(第70回第71回)。

こういうことは、ぼーっとしててもわかりゃしねえ。「だ」にしろ「です」にしろ、「役割語じゃあねえか?」と疑ってかかって、はじめて見えてくるもんだ。

だからおれの答はこうだ。4つの観点がぜんぶ無指定ってことは、発話キャラクタがねえってことだ。そんなことを考えなきゃならねえ場合があるとすりゃあ、それは、或ることばが、特に誰を思わせることばでもねえ場合だ。つまり、役割語じゃねえ場合だ。そんなことは、あるかもしれねえ。だが、間違っていたら直すことにして、とりあえずは「そんなことはねえ。すべてのことばは役割語だ」って考えてみようじゃあねえか。おれはそう言ってんだよ、旦那。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。