日本語社会 のぞきキャラくり

第95回 電話口で起こること

筆者:
2010年6月20日

「コミュニケーションやことばの研究に、キャラクタという考えを取り入れる必要がある」という新しい考えを、皆(一般の人たちだけでなく、学問的背景を異にするさまざまな研究者や同業者も含む)に理解してもらうには、どうすればよいだろうか?

私自身は前回述べたように、手を変え品を変え、さまざまな実例を示して、キャラクタという考えの必要性を皆に直感的に「思い当たってもらう」ことこそが現時点の私にできる最善のやり方だと考え、この連載ではまさにこれを実践している。

だがもちろん、私の考えは私の考えに過ぎない。キャラクタという考えの必要性を「科学的」に示そうとする試みも実は始まっている。たとえば、モクタリ・明子&キャンベル・ニックの共著論文「人物像に応じた個人内音声バリエーション」(岡田浩樹・定延利之(2010編)『可能性としての文化情報リテラシー』(ひつじ書房)所収)は、或る1人の話し手がさまざまな相手と電話で対話した際に発した30個の音声を収録し、この音声を使って行った実験を報告している。その報告を私のことばでわかりやすく言えば、次のようになる。

実験の被験者として選ばれたのは、この話し手やその対話相手とは何の面識のない人たちである。この被験者たちに「ここに30個の音声があります。これらを一つ一つよく聞いて、音声を話し手別にグループ分けしてください」と指示したところ、もちろん本当はこれら30個の音声はたった1人の話し手の声なので分けようがないはずだが、被験者たちは見事に全員、その30個の音声を複数のグループに分けてみせたという。さらに、「それぞれのグループの音声を発した話し手は、どんな人だと思いますか?」と被験者たちにアンケートでたずねると、被験者たちは、グループごとに年齢層・外見などが異なる話し手像をちゃーんと答えたのだそうだ。最後に「実はこれ、全部1人の人の声です」と告げたところ、被験者たちは皆、大変驚いた様子だったという。

これらの結果が示しているのは、「1人の話し手が相手に応じて発するしゃべり方のバリエーションが、被験者たちの想像をはるかに超えていた」ということである。逆の言い方をすれば、被験者たちは、「話し手は相手に応じてしゃべり方をさまざまに変える」ということぐらいはおそらく承知していたとしても、そのバラエティを現実よりも遙かに低く見積もってしまっていたということになる。被験者たち、いや私たちは、なぜ、こんなにも現実と合わない、低い見積もりを持つのだろうか?

それは、私たちがふつう、「良き市民」としてお約束の世界に生き、或る種の考えを受け入れることに慣らされているからではないか。「いま私の目の前でしゃべり、行動しているあなたは、まさにそのような人物なのだ、したがっていつでも、どこでも、あなたはそのような人物なのだと私は信じる。「いま私の前ではこんな感じだけど、私がいないところではどうだか」などとは私は思わない。私のことも、まさにこのような人物なのだと信じてほしい。あなたや私だけではない。人は皆(少なくとも私たちのお知り合いは皆)、それぞれの人格のままに、「素」で行動し、「素」でしゃべっているのだ」という考えを受け入れることにして、「変わらないことになっているだけで、本当は変えられるし、実際しばしば変わる」などといういかがわしいキャラクタの存在はきっぱり否定する、どころか思い至りもしないようにして生きている(社会的に生きるとはそういうことだろう)から、現実と合わない見積もりを平気で保持できているのではないか。

電話での対話といえば、かかってきた電話を受ける際に、日本の女性(その中心は主婦と言えるだろうか)は、それまでの声とは全く別人のような、ことさらに高い明るいヨソユキの声で「はいもしもし、○○でございます」などと始めることがあるようだ。私ならこの声の変化を持ち出して、キャラクタという考えの必要性を読者に「思い当たってもらう」のをねらうところだが、これは実は「ことさらに低い(落ち着いた)声で話し始める」という逆の女性も少数ながらおり、そう一概には言えないようだ。というわけで今回は、キャラクタに関する「科学的」アプローチの例を紹介するついでもあったことだし、親しい研究仲間のフンドシで相撲をとらせていただいた。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。