地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第44回 山下暁美さん:もてなしの方言(関東・甲信越地方)

筆者:
2009年4月18日

第39回では、「もてなしの方言(東海地方)」について、か弱い足か細いとはいいにくいです!)で集めたパンフレットや広告をご覧にいれながら紹介しました。引き続き今回も関東・甲信越地方について、もてなしの方言を紹介しようと思います。

(写真はクリックで拡大します)

左:【写真1】 中:【写真2】 右:【写真3】
左:【写真4】 中:【写真5】 右:【写真6】
左:【写真7】 右:【写真8】

栃木県宇都宮市、千葉県銚子市には、「来(き)らっせ」(写真6・宇都宮)、「きらっせ」(写真8・銚子)があります。「きらっしょ」も栃木では使われています。丁寧語の「いらっしゃい」「来てください」の意味です。地理的に両県は、関東地方に属していますから共通語化が進んでいると思われますが、まだまだ方言ががんばっています。千葉県に隣接する茨城県の方言にも「きらっしゃい」「きらっさい」「きらっせ」があります。茨城県神栖市では、夏「きらっせ祭り」が開かれます。「きらっせ」は、東北方言の影響を受けたともいわれています。埼玉県の一部では、共通語の「来(こ)ない」を「来(き)ねえ」と言います。新潟の「ようきなった」(写真4)、「来(き)なれて」(第37回・新潟)なども同じ流れをくむものでしょう。

「おいでなんしょ」(写真5・長野)は、「おいでる(「来る」の尊敬語)」からきたことばで、「おいでんか(いらっしゃいませんか)」(富山)、「おいでたか(いらっしゃったか)」(高知)、「おいでちおくれんなんしー(いらっしゃってください)」(大分)など広く分布する形です。

「いかざあ」(写真1・山梨)は、「行こう」という意味ですが、少し古めかしい方言です。

【写真9】
【写真9】

「いくべ(いきましょう・写真9・千葉)」は、「行ぐべー」「行ぐだんべー」「行くんべえ」の形で埼玉でも使われています。推量の助動詞「べし」で、話し手の意志を表す、また、相手を誘う意味があります。「原稿書き終えたら花見にいくべ!」のように使います。茨城の若者は「いぐっぺ」「いくっぺ」「来んべ」を使っています。福島でも「ライブ、いくべか」です。千葉でも、「仕事をやっぺ」など、方言から若者言葉への影響が見られます。

もてなしの方言(甲信越・関東地方)
写真1 いかざあ (※甲州方言番付表) 山梨県
写真2 来てみねか 十日町市 新潟県
写真3 来ねえかね 新潟県央
写真4 ようきなった 新潟市
写真5 おいでなんしょ 天竜村 長野県
写真6 来らっせ 宇都宮市 栃木県
写真7 よってかねえーかい 秩父郡 埼玉県
写真8 きらっせ 銚子市 千葉県
写真9 いくべ 銚子市

(※山梨についてはパンフレットではなく方言番付表に基づいています。)

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。