地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第176回 田中宣廣さん:「土佐日記」

筆者:
2011年11月12日

皆さんは,紀貫之の『土佐日記』,もちろん知っていますね。今回は,その「土佐日記」になぞらえて,高知方言の拡張活用例のうち方言メッセージの例を紹介します。

10月に高知で開催された日本方言研究会で,この研究について発表しました。その滞在中に調査した例です。

(クリックで全体を表示)

【写真1 三志士像のパネル】
【写真1 三志士像のパネル】
【写真2 龍馬の案内】
【写真2 龍馬の案内】
【写真3 龍馬ふるさと博公式パンフ】
【写真3 龍馬ふるさと博公式パンフ】

 

【写真4 龍馬ふるさと博幟】
【写真5 せんたくするなら】
上:【写真4 龍馬ふるさと博幟】
下:【写真5 せんたくするなら】
【写真6 携帯端末を案内する龍馬】
【写真6 携帯端末を案内する龍馬】
【写真7 高知電気ビル本館工事現場防護壁(部分=ジョン万次郎)】
【写真7 高知電気ビル本館工事現場
防護壁(部分=ジョン万次郎)】

まず,文末表現の「~ぜよ」の付いた例が目立ちます。高知方言の代表と考えられていることが分かります。

高知空港に着きますと,三志士像(高知駅前:龍馬,武市半平太,中岡慎太郎)のパネルが出迎えます。「三志士像が待ちゆうぜよ」のメッセージが大きく書かれてあります【写真1】。空港ビル2階の「土佐メモリアルスクエア」の案内看板には,龍馬が「2階に、わしの土佐メモリアルスクエアもあるぜよ!! ぜひ見ていっとうせ」と案内しています【写真2】。

現在開催中の「志国高知 龍馬ふるさと博」の公式パンフレットの表紙にも「秋の高知はうまいぜよ!」と大きく書かれています【写真3】。

この「~ぜよ」に,坂本龍馬の名言「日本を今一度せんたくいたし申候」の「せんたく(洗濯)」を組み合わせた例もあります。

上の「龍馬ふるさと博」の幟では「心とからだのせんたくぜよ」【写真4】と,また,ミス高知大学の看板には「せんたくするなら国より美女ぜよ」と使われていました【写真5】。

また「~とおせ」の用いられた例も多くありました。上の空港の案内もそうですし,携帯端末による観光案内の宣伝【写真6】など,多くの例を認めました。ただし,高知大学の久野眞教授によりますと,この表現は,本来は目下の者に向かって「~ちょうだいな」と軽く願う意で,拡張活用例では目上に使うようになっているものが多く,本来用法からは外れているということです。

そして,2013年3月の完成を目指して,現在建て替え工事中の高知電気ビル本館の工事現場の防護壁には,高知方言メッセージの長いお話が描かれています【写真7】。すべて,土佐出身の歴史的人物の龍馬ふるさと博のキャラクターイラストに語らせています。

今回紹介した例は,偶然にも坂本龍馬が関連していましたが,高知方言の拡張活用例は,最近話題の“龍馬語”に限られてはいません。もちろん,龍馬と無関係のものも多くあります。念のため。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。