地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第196回 田中宣廣さん: 記録のなかの方言の拡張活用―ヴァーチャル方言博物館の意義―

筆者:
2012年4月7日

第151回で「東日本大震災の被害」として,震災で被害を受けた方言の拡張活用例などを紹介しました。突然の災害で一度に多くの用例が消失してしまいました。用例が失われるのは,災害という特別の事情ばかりではありません。日常的な営みのなかでも,私たちの記録が貴重な資料となった例が少なくありません。今回は,それらのうちから報告します。

【写真1】平太くんが「よぐおでんすた」
【写真1】平太くんが「よぐおでんすた」
【写真2】お茶もち「おあげんせ」
【写真2】お茶もち「おあげんせ」
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【写真3】「いっとこま」の足湯
【写真3】「いっとこま」の足湯
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まず,岩手県紫波郡紫波町(しわちょう)の,東北自動車道紫波SA(サービスエリア)上り線(東京方面に向かう車線)側にあった,銭形平次(ぜにがたへいじ)のメッセージです。紫波町のイメージキャラクター「平太くん」とともに「紫波サービスエリアへ よぐおでんすた! まずはひと休み 安全運転で」のメッセージ【写真1】で出迎えてくれます。“銭形平次のふるさと”とあるのは,紫波町が,映画やテレビで有名な小説『銭形平次捕物控(とりものひかえ)』の原作者・野村胡堂(のむら こどう:1882~1963)の出身地だからです。壁の別の面には,お茶もちのお店に「まんず,おあげんせ!」のメッセージがありました【写真2】。これらが描かれていた壁は取り壊され,2012年3月の時点で工事中でした。(下り線のSAには,平太くんはいたものの,同じメッセージは以前から見えませんでした)

 また,岩手県花巻市湯口蟹沢には,花巻南温泉峡の源泉を用いた足湯「いっとこま」(花巻の方言で「少しの間」「短い時間」の意)【写真3】がありました。2010年に営業を終えたそうです。2012年2月にはネーミングの文字がはずされていました。インターネットのサイト(//www.geocities.jp/ittokoma/)は閲覧可能です。

なお,私たちは,この研究の報告の一つとして《ヴァーチャル方言博物館》の設立を準備しています。調査した全資料の写真と仕様を整理してインターネット上に公開します。単なる“写真集”ではなく,資料の整理と閲覧の容易化が目的です。それに加えて,資料の記録の意義も大きいのです。実体物である拡張活用例の多くは,永久の完全保存は困難です。震災を経験して,努力しても一度に多数の用例が消失してしまうことも分かりましたし,今回の例のように自然な散逸や消滅もあります。ヴァーチャル方言博物館の記録性は,当初の企図を超えて大きいものとなっています。完成の暁には,皆さんもぜひご覧ください。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。