地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第237回 井上史雄さん:「青森方言絵はがきの教室会話」
Classroom conversation in a dialect picture postcard of Aomori prefecture

筆者:
2013年1月19日
【図1「青森県 津軽方言ゑはがき(第一輯)農山村の小學校】
【図1「青森県 津軽方言ゑはがき
(第一輯)農山村の小學校】
(クリックで拡大表示)

戦前の方言絵はがきでは、各地の様々な場面のことばが描きだされています。今回は本州北端青森県の教室場面を取り上げましょう【図1】。この絵はがきはよく売れたようで、袋の色が違うセットがあります。第二輯以降も出たはずです。青森県の方言絵はがきは、戦後も色々出ました。それだけでなく方言のれんや方言手ぬぐい、方言茶わんなど、各種の方言みやげも多く出ました。戦前の方言絵はがきは、各地の「買える方言」を典型的に示す働きがあるのです。

文字部分には、以下のように書いてあります。

農山村の小學校
先生「チョサグ、ソゴ、ヨメヂャ」
   長作  そこを 讀みなさい
生徒「ヘンヘ、ワ、ヨメネ」
   先生 私は 讀めません
先生「ナスネ、ヨンデ、コネバ」
   何故、讀んで 來ないのか
生徒「ヨンベラ、ドド、ド、フトヅネ、
   昨晩 お父さん と 一所に
   ナワ、ナタ」
   繩を なひました
先生「ホンダナ、スタラ、トダロ、ヨメ」
   さうか そんなら 藤太郎 讀みなさい
生徒「ワモ、ヨメネ」
   私も 讀めません
先生「ドステセ」
   何故ですか
生徒「キナ、アバド、ハダギサ、ヅギエモ、
   昨日 お母さんと 畠へ 里芋を
   ホネ、エタ」
   掘るに 行きました

生徒の方言のきつさもさることながら、先生が方言で話しかけているのも面白いところです。また「読め」という命令形をそのまま使っています。今だと、先生は共通語を使うし、「読みなさい」「読んでください」などと言うでしょう。

また最後の行の方言「ホネ」の訳は、「掘るに」になっています。誤植ではなく、今も東北地方各地で使われる言い方です。当時は正しいことばと思われたのでしょう。その後共通語と同じ「掘りに」が広がりました。

この方言絵はがき1枚だけからでも、もっと色々なことを読み取れますが、今は省略します。

方言絵はがきは、第222回227回232回にも扱われています。これまで登場した方言絵はがきも、第222回からクリックでたどれます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。