地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第283回 日高貢一郎さん:『ゆずごしょう』の 中味は な~に?

2013年12月7日

寒~い木枯らしが吹いて、食卓に鍋ものがしばしば登場する季節を迎えました。寒いときに、家族で、仲間で、カップルで、同じひとつの鍋を囲んで、ふ~っふ~っと言いながら、鍋料理をつつくのはいいものです。体も心も温まります。

そんなときに、鍋の中心になる主役の「具材」はもちろんですが、脇役の「薬味」も重要です。最近、知名度が上がって人気を集めているものの一つが、九州特産の『ゆずごしょう』でしょう。『ゆずごしょう』ですから、入っているのはもちろん「ゆず」と「こしょう」です。が、「ゆず」はいいとして、「こしょう」のその“正体”は……?

【写真1】ずら~っと並んだ『ゆずごしょう』とゆずの香辛料(大分空港の売り場で)
【写真1】ずら~っと並んだ『ゆずごしょう』とゆずの香辛料(大分空港の売り場で)(クリックで拡大)

「こしょう」【胡椒】を国語辞典の『大辞林 第三版』で引いてみると、こう書いてあります。

コショウ科のつる性常緑低木。熱帯アジア原産。熱帯各地で栽培。茎には節があり、卵円形の葉を互生する。夏、長い花穂を葉に対生してつける。花後、径五、六ミリメートルの球形の液果を結ぶ。果実を乾燥して香辛料とする。

ところが、『ゆずごしょう』に入っている「こしょう」は、その「胡椒」ではありません。実は、なまの「柚子」となまの「唐辛子」(青柚子と青唐辛子が一般的ですが、熟した黄色い柚子と赤唐辛子の場合もある)をすりつぶして塩を加えてビン詰めにしたもの、それが『ゆずごしょう』です。今ふうに言うなら、柚子の香りと唐辛子の辛みの絶妙のコラボレーション、それが『ゆずごしょう』の“実体”です。

なぜそんなことが起こるのでしょうか? 昨今ときどき話題になる“食品偽装”なのでしょうか? いえいえ、これには実は「方言」が絡んでいるのです。

私の知っている同じ宮崎県出身の夫婦がいます。夫は大学に勤める方言研究者、妻は高校の家庭科の先生で、調理が専門。周りからは、お似合いのカップル、仲のいい夫婦、と思われているこの2人が、あるとき、食卓を間に挟んで口論になったというのです。夫が「この料理にはコショウがちょっとあると、味にパンチが効いていいんだけどなぁ」とつぶやくと、妻は「あら、いま胡椒は切らしてるわ」。「この間買ってきたのが台所にあったろう」。「えっ? あれは『一味唐辛子』ですよ?」。「それがいいんだよ!」。「なに言ってるの! 胡椒と唐辛子は違うでしょ!」と次第に対立はエスカレート。

【写真2】「とうがらし」の言い方の全国分布(『日本の方言地図』から)
【写真2】「とうがらし」の言い方の全国分布
(徳川宗賢編『日本の方言地図』中公新書、
中央公論新社、1979から)
(クリックで拡大)

方言研究者の夫は国立国語研究所編『日本言語地図』に、「とうがらしのことをどう言うか」の全国の分布図があり、九州では広く「コショウ」と言っていることを縷々説明したものの、伴侶の納得はなかなか得られなかったとのこと。同じ宮崎県の出身でも、夫は代々の農家の家に生まれて方言のシャワーをふんだんに浴びて育ち、妻は教師の家庭に育って共通語中心の生活をしていた、その違いが思わぬ誤解と対立を生んだというわけです。

共通語式に言うなら『ゆずとうがらし』とでも言うべきところでしょうが、主産地の地元九州での呼び名『ゆずごしょう』が、ものの広がりに合わせて、そのまま各地に広がりつつある、というのが現状です。ことばは、意外に融通がきく面を持ち合わせています。

なお、今回、大分の店頭に並んだもの15社の商品の表記を見てみると(1つの製造元で複数タイプの商品を作っている例も多い)、前部の「ユズ」は一部に「柚子」「柚」と漢字書きもありましたが、「ゆず」というかな書きが主流。後部の「―こしょう・―ごしょう」はかな書きが大多数ですが漢字の「―胡椒」も2社ほど見られました。また後部を「…ごしょう」とした連濁形と濁らない「…こしょう」とでは、連濁形のほうが多数派でした。

《参考》
国立国語研究所編『日本言語地図』第4集の第183図に「とうがらし」(蕃椒)の全国分布図があり、その解説付き簡略版ともいうべき『日本の方言地図』(中公新書)と『お国ことばを知る 方言の地図帳』(小学館)にも言語地図と解説がある。これを見ると、「とうがらし」のことを「コショウ」と言う地域は、沖縄本島を除く琉球列島および九州の全域、そして山陰、中部、東北南部に点々とある。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。