寒~い木枯らしが吹いて、食卓に鍋ものがしばしば登場する季節を迎えました。寒いときに、家族で、仲間で、カップルで、同じひとつの鍋を囲んで、ふ~っふ~っと言いながら、鍋料理をつつくのはいいものです。体も心も温まります。
そんなときに、鍋の中心になる主役の「具材」はもちろんですが、脇役の「薬味」も重要です。最近、知名度が上がって人気を集めているものの一つが、九州特産の『ゆずごしょう』でしょう。『ゆずごしょう』ですから、入っているのはもちろん「ゆず」と「こしょう」です。が、「ゆず」はいいとして、「こしょう」のその“正体”は……?
「こしょう」【胡椒】を国語辞典の『大辞林 第三版』で引いてみると、こう書いてあります。
コショウ科のつる性常緑低木。熱帯アジア原産。熱帯各地で栽培。茎には節があり、卵円形の葉を互生する。夏、長い花穂を葉に対生してつける。花後、径五、六ミリメートルの球形の液果を結ぶ。果実を乾燥して香辛料とする。
ところが、『ゆずごしょう』に入っている「こしょう」は、その「胡椒」ではありません。実は、なまの「柚子」となまの「唐辛子」(青柚子と青唐辛子が一般的ですが、熟した黄色い柚子と赤唐辛子の場合もある)をすりつぶして塩を加えてビン詰めにしたもの、それが『ゆずごしょう』です。今ふうに言うなら、柚子の香りと唐辛子の辛みの絶妙のコラボレーション、それが『ゆずごしょう』の“実体”です。
なぜそんなことが起こるのでしょうか? 昨今ときどき話題になる“食品偽装”なのでしょうか? いえいえ、これには実は「方言」が絡んでいるのです。
私の知っている同じ宮崎県出身の夫婦がいます。夫は大学に勤める方言研究者、妻は高校の家庭科の先生で、調理が専門。周りからは、お似合いのカップル、仲のいい夫婦、と思われているこの2人が、あるとき、食卓を間に挟んで口論になったというのです。夫が「この料理にはコショウがちょっとあると、味にパンチが効いていいんだけどなぁ」とつぶやくと、妻は「あら、いま胡椒は切らしてるわ」。「この間買ってきたのが台所にあったろう」。「えっ? あれは『一味唐辛子』ですよ?」。「それがいいんだよ!」。「なに言ってるの! 胡椒と唐辛子は違うでしょ!」と次第に対立はエスカレート。
方言研究者の夫は国立国語研究所編『日本言語地図』に、「とうがらしのことをどう言うか」の全国の分布図があり、九州では広く「コショウ」と言っていることを縷々説明したものの、伴侶の納得はなかなか得られなかったとのこと。同じ宮崎県の出身でも、夫は代々の農家の家に生まれて方言のシャワーをふんだんに浴びて育ち、妻は教師の家庭に育って共通語中心の生活をしていた、その違いが思わぬ誤解と対立を生んだというわけです。
共通語式に言うなら『ゆずとうがらし』とでも言うべきところでしょうが、主産地の地元九州での呼び名『ゆずごしょう』が、ものの広がりに合わせて、そのまま各地に広がりつつある、というのが現状です。ことばは、意外に融通がきく面を持ち合わせています。
なお、今回、大分の店頭に並んだもの15社の商品の表記を見てみると(1つの製造元で複数タイプの商品を作っている例も多い)、前部の「ユズ」は一部に「柚子」「柚」と漢字書きもありましたが、「ゆず」というかな書きが主流。後部の「―こしょう・―ごしょう」はかな書きが大多数ですが漢字の「―胡椒」も2社ほど見られました。また後部を「…ごしょう」とした連濁形と濁らない「…こしょう」とでは、連濁形のほうが多数派でした。
《参考》
国立国語研究所編『日本言語地図』第4集の第183図に「とうがらし」(蕃椒)の全国分布図があり、その解説付き簡略版ともいうべき『日本の方言地図』(中公新書)と『お国ことばを知る 方言の地図帳』(小学館)にも言語地図と解説がある。これを見ると、「とうがらし」のことを「コショウ」と言う地域は、沖縄本島を除く琉球列島および九州の全域、そして山陰、中部、東北南部に点々とある。