今回は、海を渡った日本語の話です。「ブラジルの日本語」もグローバルに見れば「方言」に入ります。日系人社会で継承されている日本語は「コロニア語」と呼ばれ、表記、意味、文法などに特徴が見えますが、ほとんどが買えない方言(第202回参照)です。
「バーガあります」【写真1】はハンバーガーの話ではありません。ポルトガル語の“vaga(ヴァガ)”は「空き(vacancy)」の意味で、つまり「空室があります」という意味です。街の通りを歩いていると“aluga-se vagas(アルガセ ヴァガス)(rent the vacancy)”などという表示も見られます。
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ブラジル日本文化協会を訪れると身分証明書の提示を求められます。身分証明書は、日系人の間では「ドクメント」【写真2】です。日本語の外来語では「ドキュメント(document)」ですが、ポルトガル語の“documento(ドクメント)”を日本語に借用しています。
次の例は「ペンソン(pensão)」【写真3】です。日本語ではペンション(pension)です。西洋風の安宿あるいはゲストハウスを意味します。「ペンサオ」と表示されることもあります。“são”のポルトガル語の発音は「ソン」より「サオ」に近いのですが、「サオ」と表示すると日系人の中でわからない人がいると思われます。一方、「ソン」は「サオ」に比べると「ション」に近いので「ペンソン」に落ち着いたのでしょう。
ハロウィーン(Halloween)といえばかぼちゃですが、ブラジルのかぼちゃは“Cabotia(カボチャ)”【写真4】と表記されます。これは日本人移民が日本種を持ち込んで生産率をあげた証の一つとのことです。ポルトガル語で「かぼちゃ」を意味する“moranga(モランガ)”や“abóbora(アボボラ)”も併用されています。本来のブラジルのかぼちゃはすいか(大)のように大きいので、日本人移民が持ち込んだ品種と異なります。“Cabotia”の写真【写真5】を参考にご覧ください。これなどは、新しい物と名前がそのままポルトガル語に借用された例です。
以上は「ブラジルの日本語」が日本の日本語と違った例です。次は日本語のおかげでブラジルのポルトガル語がポルトガルのポルトガル語と別になった例です。
“KIOTO(京都)”【写真6】は、サンパウロの土産物店兼不動産屋ですが、オーナーは日系人です。Google Ngram Viewerで英語表記について見ると、“KIOTO”という表記は、1881年をピークに1970年代以降はほとんどなくなっています。一方、“KYOTO”は、1890年代から徐々にはじまって1932年をピークに現在に至っています。英語の表記では“KIOTO”のほうが古い表記です。スペイン語では「京都」は、“KIOTO”と表記されます。ポルトガル語で“QUIOTO”と表記されることもあります。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。