地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第289回 山下暁美さん:手書きに見える“外来語”の地域差

筆者:
2014年1月25日

今回は、“外来語”の発音について地域差があるという話です。なかなかふだんは気づかないのですが、手書きの表示を見ると“外来語”をどのように発音しているかがわかります。ハンドバッグを例にあげて見ていくことにしましょう。

浅草にある「ほそいハンドバック店」は80年続いているハンドバッグの専門店です。ほそいハンドバック店に入ると、【写真1】のような表示があります。店主直筆とのことです。ご主人に伺ったところ昭和初期に創業したとき「ハンドバック」という言い方が一般的で、今もそれを引き継いでいるとのことでした。

(画像はクリックで拡大)

【写真1】
【写真1】

実際に各地をまわってみると、「ハンドバック」の表示は、東京都内では、下町とその周辺を含む浅草や上野【写真2】などに多く、山の手は「ハンドバッグ」が多いです。住宅地に隣接して発展した比較的歴史のある商店街にも見られます。東京ミッドタウンと五つ星ホテル6か所のブティックには「ハンドバック」の表示はありませんでした。山手線の外側の新興地域で駅構内の臨時キオスク、ショッピングモールの中にある小売店で「ハンドバック」を見かけることもあります。

【写真2】
【写真2】

【図1】は、「ハンドバック」と「ハンドバッグ」の表示について、地方公共団体のホームページ(lg.jp)で調べた結果です。「ハンドバック」と「ハンドバッグ」は、消費生活相談、遺失物届け、ひったくりなどの犯罪情報、防虫剤、インターネットとりひきによるトラブル、求人などさまざまな記事の中で使われています。

東京都内の「ハンドバック」の使用率は、山の手の地域に少なく、その周辺の地域に多くなっています。ここで言う下町は、山手線の外の東側を中心とした地域です。戦後住宅地として広がった山手線の外の西側は、北部と南部に分けると特徴が見えます。山の手ことばと下町ことばの意識は、地域的にもはっきり分かれています(『東京都言語地図』)。【図1】を見ると、山手線西側には、下町の言語意識に通じるものがあると考えられます。

地方公共団体のホームページ(lg.jp)については、『ことばの散歩道』(井上史雄著 明治書院、2013)を参照しました。

【図1】地方公共団体のホームページによる「ハンドバック」と「ハンドバッグ」の地域的比率
【図1】地方公共団体のホームページによる「ハンドバック」と「ハンドバッグ」の地域的比率

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。