地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第315回 大橋敦夫さん:地域通貨の方言ネーミング

筆者:
2014年11月8日

これまでの連載で取り上げられることのなかったアイテムとして,地域通貨に目を向けてみます。地域通貨とは、『大辞林 第三版』(三省堂)によると「限られた地域や共同体だけで利用できる通貨や通貨システム」のことです。通貨の愛称や単位の命名に,地域の方言を利用している例が十数年前から見られます。長野県内の例をあげてみます。

信州木の駅プロジェクトたつの実行委員会(上伊那郡辰野町)
地域通貨「木判(こばん)」の単位「beyta(ベイタ)」

「ベイタ」とは,なたで切れる程度の太さの木を意味する当地の方言です。地元の山から間伐材を切り出し,「木の駅」に持ち込むと木判がもらえます。木判は,地元の商店街や飲食店で使えます。

デイサービス施設「美事(みごと)」(松本市)
地域通貨「ずーら」

第300回「長野県方言の拡張活用例ベスト3」第130回「ずら(その2)」第25回「ずら―長野・山梨・静岡を結ぶきずな」で取り上げた「ずら」が応用されています。リハビリにつながる気軽な運動をした施設利用者が対価として得ます。1,10,100,500,1000の5種類があります。【写真】

【写真】壱ずーら

  

【写真】各種ずーら紙幣
【写真】地域通貨「ずーら」(クリックで拡大表示)
(施設を「中央銀行(発券銀行)」のように見立てて,「美事銀行」の文字が入っています。)

利用者の方々の評判も上々ということです。施設内通貨というアイディアに,当地で親しまれている方言「ずら〔だろう。でしょう。(語尾につけて用いる)〕」を用いて命名したことが当たっているようです。

インターネット上でも,「ずーら」と同様の地域通貨が見られます。662件(2011年1月現在)の中で,現在も通用していると思われるものが11種(上記を入れて13種)見つかりました。大部分が中部地方です。どうしてでしょう。

「やっぺ」〔しましょう〕福島県いわき市
「らて」〔~だと。~だって〕新潟県三条市
「キトキト」〔新鮮(精力的なこと)〕富山県富山市
「きまっし」〔来ましょう(「まっし」は優しい命令や勧誘)〕石川県金沢市
「ござっせ」〔いらっしゃい〕石川県能美市
「だら」〔だろう(推量表現)〕静岡県浜松市
「だら~」〔だろう(推量表現)〕愛知県豊川市
「じゃん・だら・りん」〔~じゃないか(同意確認)・~だろう(推量)・~なさい(勧告) (三河地方を代表する方言)〕愛知県豊橋市
「助け合いチケットじゃん」〔~じゃないか〕愛知県三好町
「だんだん」〔ありがとう〕愛媛県関前村
「よかよか」(〔良い〕を重ねたもの)福岡市博多区

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。