地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第317回 井上史雄さん:強調語の新方言 企業秘密のデータ
New dialect of emphasizing expressions Data of trade secret

筆者:
2014年12月6日

方言は近頃色々な場面で活用されています。これまでだれも思いつかなかった場面で商業的に使う試みがありました。でも,企画だけで終わって世に出ませんでした。方言をこんなところに使うと有効だという見本で,韓国では類似企画が実現して,若者が楽しんでいるのに……。実現しなかったとはいえ,一応企業秘密です。データ全部を公開すると何のために集めたかが分かってしまいますので,例文の一部だけを(許可を得て)紹介します。共通語なら「とても きれいな花が 咲いてるね」になるでしょう。全国の都市の若い人の言い方に翻訳したものです。

【写真1】 山口県山口市のお菓子の「ぶち」1994年入手
【写真1】山口県山口市のお菓子の「ぶち」
1994年入手

なんぼか きれいな花が 咲いてるわ 札幌
いらぐ きれいな花が 咲いったっちゃ 仙台
すっげー きれいな花 咲いてっろ 新潟
どえらい きれいな花が 咲いとるね 名古屋
めっちゃ きれいな花 咲いてんなあ 大阪
ぶち きれいな花が 咲いとるの 広島
こじゃんと きれいな花が 咲いちゅうね 高知
ばり きれいな花の 咲いとーね 博多
しーに きれいな花 咲いてるさぁ 沖縄

「とても,大変」にあたる強調表現は,土地ごとに違います。「うまい棒」というお菓子では各地の方言を使った御当地限定版を作っていて,東北は「いぎなり」(第56回「方言付きの食品」『魅せる方言』三省堂p.149参照。),関西は「めっさ」,九州は「ちかっぱ」(力一杯から)です。上の例文とあまり一致しません。新しい言い方が各地で再生産されるからです。

説明を補いましょう。札幌は「なまら」が有名で,若い人には「なんまら」「なんま」が広がっています。名古屋の「どえらい」は「どえりゃあ,でら」とも言われます。広島では「ぶち」が使われていますが,山口県から広がったと言われます。1994年の山口県のお菓子が証拠になりそうです【写真1】。

詳しくは,インターネットの「新方言辞典」で検索すれば分かります(新版『辞典〈新しい日本語〉』(東洋書林)は図書館か書店でご覧ください)。
 「新方言辞典稿・インターネット版」(1996年版) //triaez.kaisei.org/~yari/Newdialect/

例文の「ている」の部分にも「ね」の部分にも色々な違いがあります。方言は花園に例えられます。かつては様々な花が咲き誇っていました。今は共通語という芝生におおわれかけていますが,まだまだ生命力があって,若い人の間に別の花が咲いているのです。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。