「トム・ソーヤーの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」で有名なアメリカの作家マーク・トウェインには A Tramp Abroad(邦訳「ヨーロッパ放浪記」)という旅行記があり、その補遺にある The Awful German Language(邦訳「ひどいドイツ語」)というエッセイには、ドイツ語を学ぶことのむずかしさが描かれている。
そのエッセイで述べられているドイツ語の特徴の一つに、単語の長さがある。ドイツ語の単語の中にはあまりに長いものが多くあり、たとえば
Freundschaftsbezeigungen (友情の表明)
というような単語は長すぎて遠近感が感じられ、遠くからでなければ全体を見通すことができず、アルファベットの行進のようなもので、想像力を働かせると行進の旗が見えたり音楽が聞こえたりする、とユーモラスに語られている。
ドイツ語の特徴の一つに、たしかに造語力の高さがある。ドイツ語は、接頭辞や接尾辞を用いた派生であれ、複数の単語を組み合わせた複合であれ、かなり自由に新しい単語を作ることができる。
英語などでは、「一番長い単語は何か?」という問題が話題になることがあるが、「ドイツ語で一番長い単語は何か?」という問いには、答えがない。この問いへの答えとして時としてあげられるのは
Donaudampfschifffahrtsgesellschaftskapitän (ドナウ川蒸気船運航会社船長)
であるが、これが「一番長い」というのは正しくない。ドイツ語話者であればだれでも、ドイツ語の造語力を使ってこの単語をさらに長くすることができる。たとえば
Donaudampfschifffahrtsgesellschaftskapitänssohn (ドナウ川蒸気船運航会社船長の息子)
というように。この方法は原理的には無限に繰り返しが可能で、だれかが「この単語が一番長い」と言ったらすぐに、別の要素を付け加えてさらに長い単語を作ることができてしまう。
ドイツ語の授業で学生から「教科書に出てくる単語なのに、辞書に載っていません。」という指摘を受けることがある。ドイツ語は造語力が高いため、たとえ初歩の教科書でも、あまり見ないような単語が出てくることがあるのだ。しかしそのような単語も、部分に分けて、それぞれの部分の意味を確認すれば、全体の意味は容易に理解できる。辞書の比較では収録見出し語数が問題にされることが多い。もちろん収録見出し語数が多い方が便利ではあるが、ドイツ語の場合は特に、単なる数字の比較よりも、個々の単語がどの程度丁寧に記述されているか、ということが重要なポイントなのである。「クラウン独和辞典」第4版でも、上であげたような単語は見出し語として採用していない。これらは実際にはあまり使用されることのないものであり、もし必要になれば、部分に分けて調べることで、全体の意味を容易に理解することができる。
ところで「クラウン独和辞典」第4版で一番長い見出し語は
Geschwindigkeitsüberschreitung (スピード違反)
である。これは上で引用したマーク・トウェインの例よりも長いのだが、この程度なら、それほど遠くからでなくても全体を見通せるのではないか。