もう一つのドイツ語独自の文字ßは音価としてはssと同じく音素[s]を表すから、廃止してもよさそうなものであるが、ドイツ語らしさのシンボルとして目立った存在であるだけでなく、何よりもssやsにはない機能を持たされてきたのでそう簡単にはなくならないと思われる。
旧正書法では[s]の音が母音間にあり、前の母音が短い時にssで表記し、ßは長母音、二重母音の後、あるいは語幹末にあるときに使われた。この表記の難点は語源的に関連する語の語幹の同一表記に向かないことである。例えば、助動詞müssen「…しなくてはならない」はich/er muß、du mußt, wir/sie müssen, ihr müßt, ich mußteとなどと語形変化するからである。また、一般の人には語幹末とは何かということがわからない場合が多いという難点もある。
ただ、ßが語幹末を示すという機能は複合語における規定語と基礎語の境界がはっきりするし、とくに基礎語がsで始まるような場合は、ßではなくssで表記するとsが3連続し、境界が不明確になるという難点を避けることができる。例:旧正書法ではSchlußsatz「最終楽章」。新正書法ではSchlusssatzまたはSchluss-Satz。
また、同じ子音の重複は前の母音が短いことを表すので、groß「大きな」、Straße「通り」のような語をgross, Strasseと表記すると母音の長短の区別がつかなかったり、短く発音したくなったりする。また、Maße [ma:sə]「節度」とMasse [masə]「大量」と言った語の区別がつかなくなる。
従って、新正書法ではßを残し、これを長母音、二重母音の後で、ssを短母音の後で使うこととなった。しかし、これは両者の使い分けを簡単にした側面もあるが、語幹末を示す機能を廃止したことによって、上述のSchlusssatzのような別の問題が生ずることとなった。