(前回から続く)
次に語幹の同一表記がある。これについては音素表記の原則について述べた第6回で音素表記の原則に反するものとしていくつか例を挙げたが改めて少し詳しく見てみよう。
動詞、名詞、形容詞などは文法的に語形変化したり、合成語や派生語を形成したときは発音が異なることがある。しかし、それを発音通りに書いたのでは目で見たときに語と語との関連がわかりづらくなるので、同じ語源の語は語幹の表記を同じくして読者の便宜を図ろうとする。例えば、aとauのウムラウトも発音通りに書けばe, euとなるはずであるが、これも語幹の同一表記の原則によってä, äuと書かれる:Nacht [naxt]「夜」(女性単数1・4格形)、Nächte [nɛçtə](複数形)、alt [alt]「年老いた」, älter [ɛltɐ](比較級), fahren [fa:rən]「乗り物で行く」、fährst [fɛ:ɐst]「君は行く」, Haus [haʊs]「家」(中性単数1・4格形)、Häuser [hɔʏzɐ](複数形)、laufen [laʊfən]「走る」、läufst [lɔʏfst](君は走る)、 Läufer [lɔʏfɐ]「ランナー」。
有声音の子音[b,d,g]は文字b,d,gで表される。しかし、これらの音は語幹末にきたときは無声音[p,t,k]になるが、表記はあくまでb,d,gによってなされる: schreiben [ʃraɪbən]「書く」、schreibst [ʃraɪpst]「(君は)書く」、schrieb [ʃri:p](過去形)、Schreibzeug [ʃraɪptsɔʏk]「筆記用具」、Kind [kɪnt]「子供」(中性単数1・4格形)、 Kindes [kɪndəs](単数2格形)、Kinder [kɪndɐ](複数形)、kindlich [kɪntlɪç]「子供らしい」、genug [gənu:k]「十分な」、genügen [gəny:gən]「十分である」。
vで表記される[v]と[f]の交代もある:aktiv [akti:f]「活動的な」、 aktiver [akti:vɐ](比較級)、aktivieren [aktivi:rən]「活発にする」、Aktivkohle [akti:fko:lə]「活性炭」。
反対に、有声音の[z]は語幹末では無声音の[s]になるが、有声音のときも文字zで表記されることはなく、無声音のときと同じく文字sで表記される:kreisen [kraɪzən]「回転する」、kreist [kraɪst]「(ものが)回転する」、Kreisel [kraɪzəl]「独楽」、Kreislauf [kraɪslaʊf]「循環」。