場面:内宴(ないえん)で妓女が舞うところ
場所:平安京内裏の仁寿殿(じじゅうでん)から綾綺殿(りょうきでん)にかけて
時節:1月21日ごろの夜
建物:Ⓐ・Ⓘ・Ⓚ階 Ⓑ仁寿殿 Ⓒ片階 Ⓓ紫宸殿北面 Ⓔ仁寿殿東庭 Ⓕ舞台 Ⓖ東北軒廊(こんろう) Ⓗ綾綺殿 Ⓙ仮橋 Ⓛ上長押 Ⓜ綾綺殿の額 Ⓝ西廂 Ⓞ・Ⓟ壁 Ⓠ北廂 Ⓡ東廂 Ⓢ母屋 Ⓣ・Ⓤ妻戸 Ⓥ東簀子 Ⓦ遣戸 Ⓧ左青璅門(ひだりせいさもん)の額 Ⓨ陣座(じんのざ)の北戸 Ⓩ恭礼門(きょうれいもん)の額
室礼・装束:①・・・下ろされた御簾 ②松明 ③柳の小枝 ④挿頭(かざし)の花を付けた天冠 ⑤幔(まん) ⑥平胡簶(ひらやなぐい) ⑦弓 ⑧下襲の裾(したがさねのきょ) ⑨緌(おいかけ)の冠 ⑩笏 ⑪・琵琶 ⑫・箏の琴 ⑬笙(しょう) ⑭篳篥(ひちりき) ⑮横笛 ⑯三ノ鼓(さんのこ) ⑰鞨鼓(かっこ) ⑱・方磬(ほうけい) ⑲鉦鼓(しょうこ) ⑳楽太鼓 軟障(ぜじょう) 挿櫛(さしぐし) 帽額 ・巻き上げた御簾 畳 円鏡 巻紙 扇 櫛箱か 屏風 裳の裾
人物:[ア]束帯姿の官人 [イ]・[ク]・[ケ] 内教坊(ないきょうぼう)の舞妓 [ウ]束帯姿の文人 [エ]出居(でい)の武官 [オ]近衛府の目(さかん)の楽人 [カ]黒袍の束帯姿の楽人 [キ]内教坊の女楽人 [コ]介添えの女房 [サ]・[セ]黒袍の束帯姿の殿上人 [シ]・[ス]烏帽子狩衣姿の従者
絵巻の場面 今回は第47回で見ました『年中行事絵巻』の「内宴」の様子をさらに読み解くことにします。「内宴」については、先の回をご参照ください。ここで採り上げますのは、その回で見ました「献詩披講」の直前に行われた女舞の舞楽が催される場面です。
場所と時間を確認しておきましょう。画面右側が西、上部が南になります。右手前の七級のⒶ階に続くのが、①御簾の下ろされたⒷ仁寿殿、右上のⒸ片階に続くのがⒹ紫宸殿北面でした。この建物のことも第47回をご参照ください。画面中央がⒺ仁寿殿東庭で、設置されたⒻ舞台の上で舞楽が行われています。その上部は紫宸殿のⒼ東北軒廊になります。画面左側は内宴や相撲(すまい)などに使用されたⒽ綾綺殿です。時間帯はお分かりですね。②松明を持った[ア]束帯姿の官人などがいますので、夜になっています。
女舞の舞楽 それでは女舞の様子から具体的に見ていきましょう。女舞は、内教坊と呼ぶ教習所に属する妓女(ぎじょ)が当たりました。舞台の四隅にあるのは③柳の小枝で、これは柳花苑(りゅうかえん)という曲を舞う舞台であることを示しています。この曲は『信西古楽図(しんぜいこがくず)』という古代舞楽の図絵には四人の女舞となっていますが、この内宴では六人の[イ]舞妓が舞っています。衣装は、舞楽で着用される唐装束で、髪上げして④挿頭の花を付けた天冠をかぶっています。
舞台の西側を除く三方には、⑤幔と呼ぶ幕が引かれ、北と南側は、間隔を置いて並置されていて門のようになりますので、幔門と呼ばれます。東側は、幔門になっていませんね。舞台には五級のⒾ階が二つあってⒿ仮橋に続き、さらに四級のⓀ階で綾綺殿に昇降できるようにするためです。舞妓の通り道になります。綾綺殿に上がった所のⓁ上長押にあるのは、Ⓜ綾綺殿の額です。舞台正面は幔のない西側になります。
舞姿を見る者 この舞台正面から舞を見ている人は何人描かれているでしょうか。Ⓓ紫宸殿北面に六人いるのは分かりますね。奥の四人は献詩披講に携わる[ウ]文人、⑥平胡簶や⑦弓を持った二人は、[エ]出居(役務にあたる者)の武官になります。その右横には、宴席にいる公卿たちの⑧下襲の裾が見えますので、振り向いて見ている者もいることでしょう。この他に、もう一人いるのですが、お分かりですか。Ⓑ仁寿殿の下ろされた①御簾の、その記号の下を見てください。御簾の間が横に裂けていますね。その内側で、添えられた几帳の上から一人覗いているのです。線描では分かりませんが、衣装の色からして天皇が覗いていると思われます。
楽人たち 舞楽には楽人たちが付きます。どこにいるでしょうか。舞台の左下と手前左側の⑤幔の裏手にいるのが楽人たちです。⑨緌の冠をしている人たちは、[オ]近衛府の目(四等官)の楽人で、[カ]黒袍の束帯姿の楽人は、文官になります。
楽人たちの前には、楽器があるのが分かりますか。Ⓙ仮橋の手前の人から見ていきましょう。最初の人は手に板のような物を保持していますので、これは⑩笏を半分に割って打ち合わす笏拍子担当です。次の人は⑪琵琶で、ここから弦楽器になります。三番目の人はよく分かりませんが、楽器編成からして⑫箏の琴と思われます。四番目の人から管楽器になり、⑬笙、⑭篳篥が二人、⑮横笛一人となっています。角の人もよく分かりませんが、⑯三ノ鼓(鼓の一種)で、ここから右は打楽器になり、⑰鞨鼓(同)、⑱方磬(小鉄板を上下二段に十六枚ならべて槌で打つ)、⑲鉦鼓(吊るした銅製の皿形を桴で打つ)、⑳楽太鼓(釣太鼓とも)となっています。
この他にⒽ綾綺殿の内部のⓃ西廂にも[キ]女楽人がいますね。Ⓞ・Ⓟ壁に沿って唐絵の軟障が廻らされた室内に、上部から琵琶・箏の琴・方磬の順に担当する女楽人が座しています。この女楽人たちは、軟障を背にした[ク]舞妓たちと違って、天冠をかぶらず、挿櫛をしています。
綾綺殿 続いてこの綾綺殿を見ていきましょう。この殿舎は、九間三面とも九間四面(第14回参照)ともされています。絵では、どちらに描かれているでしょうか。
まずⓆ北廂は、画面ですと、左下の突き出た部分になり、殿舎南面(画面左上部)はⓄ壁になっていますので、南廂がありませんね。Ⓝ西廂は先ほど触れた場所で、Ⓡ東廂は、画面左上になります。廂は四面ではなく、三面になりますね。
桁行(けたゆき)は、どうでしょうか。綾綺殿の場合は、Ⓝ西廂の桁行は、母屋と同じになりますので、西廂右側の柱間を数えればいいわけです。帽額の下に巻き上げた御簾があるのは五間分、下ろされた御簾は四間分になっていますので、母屋は九間になります。綾綺殿は、九間三面の殿舎に描かれていると言えます。
なお、この・御簾は建物の外側にありますので、外御簾となり、吹抜屋台の技法によって省略された格子は、一枚格子ということになります。
綾綺殿の西廂と東廂 今度は、綾綺殿内部を見ましょう。Ⓝ西廂を見て下さい。東西の梁行(はりゆき)はどうでしょうか。廂は一間が普通なのに二間になっていますね。ここは西廂とⓈ母屋が一体化されているのです。母屋の梁行は二間になりますが、西廂と一体になっているのは一間分だけですので、[キ]女楽人の背後の、Ⓣ妻戸に続くⓅ壁と軟障との間が、もう一間分になり、わざと狭められて描かれたのだと思われます。
Ⓡ東廂には、巻き上げた御簾と、下ろされた御簾があり、その手前もⓊ妻戸になっていて、Ⓥ東簀子との隔てとなっています。東廂には畳が敷かれて、妓女の装束所になります。円鏡を手にして化粧を確認している[ケ]舞妓が二人、介添えの[コ]女房が三人います。男たちも介添えでしょう。[サ]黒袍の束帯姿の殿上人が四人いて、一人は巻紙を持ち、扇で、[シ]烏帽子狩衣姿の従者に何やら指示しています。[ス]もう一人の烏帽子姿が持っているのは、化粧道具を入れる櫛箱と思われます。黒袍以外の者たちは、下級官人になります。
綾綺殿の北面 さらに画面下の北面を見ましょう。西廂と母屋の手前(北側)が、Ⓦ遣戸で隔てられて一室になっています。ちょっと変わった内部構造になっていますね。ここは、陪席する女房の控室で唐絵の屏風が置かれ、裳の裾が見えています。北側の御簾の外にいるのは、雑役に携わる下級官人たちです。
東北軒廊 次は、画面上部のⒼ東北軒廊です。綾綺殿南面のⓄ壁の奥は、この日には官人の座になっていて、東側のⓍ左青璅門の額の下から、[セ]殿上人が姿を現わしています。正面に見えるのはⓎ陣座の北戸になり、そこを入った所で日常の政務に関する会議が行われました。西側はⓏ恭礼門の額のかかった扉が見えます。
画面の構図 最後に画面の構図を確認しましょう。手前を広く、奥を狭くする遠近法で描かれていて、八の字になる線で区画された構図になっていますね。中心になるのが、舞台で舞う妓女たちで、背丈が高めにされて強調されています。そして、綾綺殿は吹き抜き屋台の技法によって、内部にいる人々の様子が描かれています。絵柄自体に間違いがあるのかもしれませんが、綾綺殿がこうして描かれているのは、きわめて貴重なのです。
これだけの広さを一点から眺めることは難しいでしょう。しかし、絵巻は複数の視点で画面を合成して作られるのでした。パノラマのように映し出される光景が堪能できるように構図が仕組まれているのです。