場面:子どもの喧嘩に親が出る。
場所:平安京の左京七条の小路。
時節:貞観八年(866)九月
人物:[ア]・[イ]右兵衛府の舎人(とねり)の子、[ウ]・[エ]・[オ]伴大納言家の出納(すいとう)の子、[カ]・[キ]伴大納言家の出納、[ク]前掛姿の伴大納言家出納の妻、[ケ]狩衣姿の男、[コ]公卿の従者、[サ]壷折姿(つぼおりすがた)の女、[シ]・[ス]水干姿の男、[セ]狩衣姿の童、[ソ]平服姿の僧侶
室外:①立て烏帽子(たてえぼし) ②萎え烏帽子(なええぼし) ③端折傘(つまおりがさ) ④深沓(ふかぐつ) ⑤市女笠(いちめがさ) ⑥高足駄(たかあしだ) ⑦蝙蝠扇(かわほりおうぎ) ⑧浅沓 ⑨前掛 ⑩土間 ⑪板扉 ⑫板壁 ⑬網代壁
絵巻の場面 この場面には、子どもの喧嘩が描かれています。では、喧嘩をしている子どもは、何人いるでしょうか。もじゃもじゃ髪の子どもが五人描かれていますが、答は、二人だけの喧嘩です。子どもの衣服に注意して、絵を見てください。水玉模様の筒袖(つつそで。袂のない筒形の袖)を着た子が二人描かれています。また、画面右上で、その子と取っ組み合いしている子(これも筒袖)は、他の二人の子と同じ姿です。さらに画面中央に描かれる男二人は、共に小袖を肩脱ぎして同じ恰好です。同じ姿、恰好をしていますので、絵巻では同一人物となり、子ども二人と大人一人が出来事の経過に沿って描かれているのです。一場面に同一人物を何度も描くこうした方法を「異時同図法」と呼んでいます。
異時同図法 それでは、「異時同図法」がどのようになっているかを確認しましょう。絵巻は右から見るものですので、まず注目すべきは、[ア]と[ウ]の二人の子どもが取っ組み合いの喧嘩をしているところです。次は画面中央上部になります。喧嘩を知った[カ]男親が血相をかえて飛び出してきます。こぶしを握り、怒りの表情をしています。そして、画面中央下部で、その[キ]男親は、[エ]自分の子をかばい、[イ]他人の子を思い切り蹴飛ばしています。[エ]の子がかかげた左手には、[イ]の子からむしり取った髪の毛が握られて、どうだと言わんばかりです。さらに、騒ぎを知った[ク]女親が、[オ]自分の子を家に連れ戻しています。こうした一連の経過が同一の場面で描かれているのです。
この技法は、場所が変わらない場合に使用され、まるで動画を見るような効果をもたらしています。男親が飛び出してきたところから順に見ますと、円を描くような動的な軌跡が認められます。円環状の構図になっていて、それが独特なテンポを作りだしています。見事な場面構成で、異時同図法の説明でここが必ず使用されるのも、うなずけます。
《次回につづく》