シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第十五回:トナカイ牧夫の子どもと寄宿制学校

筆者:
2018年6月8日

オブゴルト村の小学生と幼稚園児用の寄宿舎(2016年筆者撮影)

遊牧しているトナカイ牧夫たちの子どもたちも義務教育を受けます(注1)。しかし、遠く離れた村の学校に毎日通学することはできないので、村の学校に併設された児童用の寄宿舎、あるいは祖父母や親戚の家に預けられて学校に通います。彼らが両親と一緒に牧畜宿営地で過ごすのは、夏の長期休暇のときだけです。通常、義務教育の夏休みは6月からですが、牧夫の子どもたちの夏休みは特別長く、4月末から8月末まであります。なぜかというと、春にトナカイ群を長距離移動させるので、それに子どもを連れて行くため、牧夫の子どもだけ早めに夏休みに入ります。春は両親がスノーモービルで子供を迎えに来ますが、8月末に村へ戻る際には、村から約200キロメートル離れた場所に宿営しているため、両親たちが所属する農業企業のヘリコプターが迎えに来ます。ヘリコプターは森に散在する各宿営地を回って、子どもたちをピック・アップして村まで送ります。

トナカイ飼育班の春の川上移動(左)の様子を見に来た生徒たち(右)

初等教育では、ロシア語、英語、算数、理科、社会等を学びます。なかにはハンティ語しか分からなく、ロシア語を初めて学ぶ牧夫の子どももいます。反対に、高学年からはハンティ語も学びます。ハンティの子どもでもロシア語を話す両親のもとで育ったためハンティ語が分からない児童もいるからです。ハンティ語の教科書や絵本も寄宿舎の共同スペースにはありました。

義務教育の学費も寄宿舎も無料です。金銭的な余裕がない世帯の子供には、新品ではありませんが、衣服や靴などが与えられることもあります。寄宿舎に暮らす子供たちは、朝・昼・夜の食事を学校の食堂でとります。こちらは無料かどうか不明ですが、私は一食50ルーブル(2016年3月当時約95円)で食べさせてもらっていました。朝は牛乳、ヨーグルト、ミルクがゆ等です。昼食がもっとも豪華であり、サラダ、スープ、炊き込みご飯やマカロニとソース等です。夜はソーセージ等とサラダです。どの食事にもお替り自由なパンと紅茶が付きます。

牧食堂の昼食. トナカイ肉の炊き込みご飯とスープ

また、保育園、学校、寄宿舎には、保育士や先生、掃除係、寄宿舎の世話係、事務員、保健士、栄養士、調理員等たくさんの人が働いています。警備員や施設整備員以外は女性で、それぞれの施設長も女性です。学校施設は、単なる教育機能だけでなく、村の女性たちの雇用を生み出すものとしても重要な役割を果たしています。

さて、筆者の寄宿舎経験を少し紹介したいと思います。筆者がオブゴルト村という場所にはじめて行ったとき、まだ知り合いもいなかったので、学校の校長に頼んで、ホームステイ先が見つかるまで寄宿舎で寝泊まりさせもらったことがあります。大人用の部屋に空きがなかったため、私は6歳の女の子と相部屋で一週間ほど過ごしました。シャワーとトイレ等は共有で、一部屋当たり3名から5名が暮らしており、それぞれにベッドと机、クローゼットが与えられます。起床と消灯が管理されていて、規則正しい生活を送ることができます。

オブゴルト村の位置(クリックで拡大)

彼女はハンティのトナカイ牧夫の子どもでした。朝、彼女は自ら起き、ベッドのシーツをきちんと整え、身支度をして、施設内の食堂で他の児童たちと簡単な朝食をとって学校に出かけて行きました。夜は共有スペースで他の児童たちと宿題をしたり、テレビを見たりして過ごしていました。彼女は私を警戒していたのか、もともと静かな性格なのか分かりませんが、私に文句を言ったり泣いたりしないものの、挨拶以外は私と話すことはありませんでした。彼女に寄宿舎生活はどうか等々、いろいろ尋ねたかったのですが、なかなか叶いませんでした。

私がホームステイ先を見つけて寄宿舎から出ていくとき、相部屋をしてくれたお礼に、色鉛筆とスケッチブックをあげました。彼女は素直に喜んで明るい笑顔を見せてお礼を言ってくれました。もっと早く、あの手この手で彼女とコミュニケーションをとっておけば、いろいろと話してくれたかもしれないと、後悔しました。このように私は未だにインフォーマント(情報提供者)を逃してしまうことがあります。

寄宿舎の部屋. 筆者は右のベッドを使わせてもらった

  1. 外務省 諸外国・地域の学校情報
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/05europe/infoC55200.html

ひとことハンティ語

単語:
読み方:アン リョーヒトゥルン。
意味:私が(は)コップを洗います。 使い方:私はホームステイ先で、食事後にこのように言ってから食器洗いを手伝っていました。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

今回でこの連載も第12回目を迎えました。第1回目に「自分と異なる文化を内側から深く理解するために、民族集団の中に実際に長期間滞在して調査をします」と大石先生がフィールドワークの説明をされていましたが、12回の連載を通じて、ハンティの人々の暮らしや考え方が少しずつ広く深く分ってきました。
読者の方々には自分の所属する文化以外をいい/悪い、便利/不便、効率的/非効率的などの価値観で判断するのではなく、様々な文化が世界にあるということを認識して興味を持っていただければ嬉しく思います。
連載はこれからも続きます。次回は4月13日を予定しています。引き続きご期待ください!