海外へ出張や旅行に出るときなどに、生来のめんどくさがりながら、為替レートを一応何とか覚えようとする。行き先はもちろん東アジアが多いので、中国ならば、人民元で1元は日本円ではだいたい15円、あるいは韓国ならば、1ウォンは円に直すと0.09円、なので100円が……とかいうように。
この日本、中国、韓国の3か国で流通しているお金の単位は、「円」と「元」と「원(ウォン)」であり、見た目も聞いた音もバラバラである。しかし、実はこれには共通点がある。日本では通常、「エン」「ゲン」「ウォン」といずれも「○ン」と発音する。長さも2拍、1音節にまとまっている。それもそのはずで、元はどれも等しく「圓」と書かれる単位だったのである。
貨幣単位となると、帳簿から値札から何にでも筆記する必要が生じる。しょっちゅう手書きするには「圓」という字体はあまりにも煩瑣だ。記号化をして、「¥」などとしなければ、とてもでないがそれこそ不経済だ。「$」(ドル この|は||とも)も「£」(ポンド)も、読み取りやすさやスペースの要求に加えて、そうした原因から用いられてきたのであろう。新参者のユーロにだって略記は定められた。中国の「元」に対する「¥」は「yuan」などローマ字による表記の頭文字である。そのため、日本円の「¥」と重複してしまった。日本こそ、「Yen」という綴りがなぜか、という難題に定説を得られないままに、これを「エンマーク」として定着させている。ウォンは、「Won」(won)の「W」を「―」が貫くような記号で、これは分かりやすい。
そうした記号は、いかにも金額であることを卓立させてくれて読み取りやすく、そしてなによりも書くのに便利である。しかし、それでも漢字できちんと書かなければならない場面は多く残る。
中国では、漢字について、発音を表す、つまり表音性を最重視する傾向がある。「穀」も同音の「谷」に変えられ、「鬱」などはなんと「郁」へと変わっている。字義から違和感を覚えるのは、日本語で区別を続けているからにすぎない。こうした同音字同士を通用させる方法による代用は、中国では今に始まることではなく、古代の殷王朝から見られる伝統的な傾向の中にあるものであった。「圓」は、簡体字では「圆:」と「貝」の部分だけしか簡易化されていない。これでは不便そうにも見えよう。
中国では、貨幣単位としての「圓」(yuan2)は、標準的な中国語で同じ発音をもつようになっていた「元」によって代用されることになった。紙幣では、中国人民銀行の「1元」札には「壹圆:壹」と記されている。手元にあるお札では、「拾圆:拾」「贰拾圆:拾」も同様だ。しかし、貨幣は違っている。漢字では「1元」と、「元」としか書かれていない。「元」にすれば、画数は僅か4画にまで減少できる。
その際には、「元」がもつ「もと」「はじめ」などの字義は捨象される。筆記経済が同音字による代用を公式に定着させた、といえる。簡体字「圆:」は大して省略されていない。それは、貨幣の単位には、当て字として画数が少ない「元」が選択されたためだったともいえるであろう。