「越後」の「越」の語源は、都から山を「越し」た場所というその「こし」であるとされ、「古志」「高志」とも書かれた。越前、越中、越後の旧国名も、上越、中越、下越の地域名称も、京都から見た前後と上下であろう。東南アジアの「越南」(ベトナム)の「越」は、広東・広西を指す「粤」と同音で、何らかの語への当て字であったかもしれないが、こちらの越後の「越」は和語(固有語)で意味を表す訓読みを用いたもので、それがさらに音読みでも使われるようになったものだ。
米どころで、水も良い。日本酒の銘柄に、独特な筆遣いが見られる。「越」は当地の銘酒のラベルでは、「走(そう)にょう」の部分が「赱」のようになったものが見うけられる。崩し字であればそうなることがあるのだが、かっちりした筆字の書体でも現れるところに地域性を感じさせる。「辶(しんにょう)」のように略化され、それが受け継がれているのだ。
「辶」は、本来は「辵」(チャク)という形であり、よく使う字なので手書きでも略された結果だ。古い書き方の伝存という面もあるが、新潟では「越」をよく書くので、このような「走にょう」の略化現象がしばしば起きると解することもできる。お隣の越中、越前ではどうだろう。
「しんにょう」については、「丶(点)」の数が一般にはかなり気になるようだ。漢字には、人間から見て目立つ部分と目立たない部分とがあるのだが、この注目度の高さは、あたかも「さいたま市」で話題となって、いまだに硬直化した誤解が解けない、ひらがなの「さ」の左下の連続・非連続への極度の着目に匹敵するほどだ。
「しんにょう」は、構造と歴史の両面から、次のように相対化することが可能である。
単字 | 部首化 | 例字 | |
---|---|---|---|
足 | > | 足偏 | 路 |
走 | > | 走にょう | 越 |
辵 | > | 辶(しんにょう) | 進 |
日本での「しんにょう」の語源は、漢字の「之」の形にたまたま似ているため、「之(シ)繞(ニョウ)」と名付けられたことによるとされる。「辵(ちゃく)にょう」が定着しなかったことに、「辵」の単独使用がいかに稀だったかが表れている。「しんにゅう」という近頃増えた語形は、「シ(ン)ネウ」の母音「i」が多用される中で「e」に対して順行同化を起こした結果ではなかろうか。「廴」(イン)を「えんにょう」というのが「延繞」であることから、「進」(しん)にょうと意識されている向きもあるだろう。
先ほどなぜ、無関係な3字、3部首を並べたのか、と疑う人もあるだろう。しかし、これらは実は条件が一緒だったといえるのである。字体と字義の関連性の背景として、下の「」の部分は、同じ字源を共有していたことを見逃すことはできない。
この中で、「走」や「走にょう」にも、先述したとおり「赱」という手書きの崩し字に由来する「辶」に近い字形が隷書や草書などを経て楷書でも生まれてはいた。「足」にも「にょう」の形がないわけではなかった。しかし、それらは使用される字種も、部首としての使用頻度もさほど高くはなかったため、辞書には載ったとしても個別的で、俗字の地位にとどまったのである。