漢字の現在

第257回 顔文字と子の名

筆者:
2013年2月8日

前回の文末の「ネ」は、今の大学生たちも小学生の当時はかなり使っていたそうだ。ときにはモダリティーまでカタカナ表記によって強めたり飾ったりしていたのだろう。しかし、中学生の頃には廃れたため、古い流行と認識されているようなのだ。継承されている世代と、断絶した世代とで、見えない(実際には見えているが)溝ができていたのである。

その一方で、文末に、相手の心情を配慮しながら意思や心境をやんわりと伝えようとする苦笑いまで表現できるように複雑化を極め、万という単位にまで細分化されたのが、日本の顔文字である。漢字が失った原初の象形性を記号など曲線によって取り戻したといえる。ユニコードの普及により、考えがたいほど気持ち悪い表情まで表現されるようになっている。

日本の笑顔(ほほえみ)と欧米の笑顔(スマイル)と並べると、角度の差に気を取られないようにすれば、ふだん顔や表情のどこで笑いを表出しているのか、笑いを読み取っているのかがうかがえるという好例を紹介してみる。

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西洋人の方が概して顔が長く、鼻が高くて目立つ。「:-)」となることが多い。これらの「目が点」であるのは、ニコちゃんマークのころから変わっていない。それよりも日本では、よく「目が笑っていないよ」と指摘するするでしょ、と補足すると、「あー」と中学生たちにも納得してもらえたようだった。日本では、口は真一文字だ。無論ちょうどいい記号がなかった、ということも背景にはあろう。横に広げられるため、「(^^)」と輪郭が描かれることもある。


人名の話題は、どこでも関心の的になる。

 一二三

「ひふみ」。そう、でも「ワルツ」ちゃんが増えてきた。

 三二一

「ミニー」、女子たちがそっくりなカタカナのためか、読めた。カタカナよりも漢字のほうが格が高いということによる命名なのか。さらに、「苺苺苺」で「マリナル」、そして「光宙」で「ピカチュウ」、「黄熊」で「プー」。どよめく。これらには、実在するものかどうか確認できていないものも含んでいるのだが、どこまで実話なのかはネット上の情報では確認しがたい。まだ、このような名前の人たちは、この中にはいないだろうか。

子供は可愛いものだし、キャラクターも可愛い。多様性が活力を生むと私も信じている。しかし、実名の場合には、いろいろな場面を考えてみると心配はないだろうか。これらがそれに当たるかどうかは差し措き、キラキラネームともドキュンネームとも呼ばれ、いろいろな判断を加えられることがあるそうだ。漢字としても名前としても個性があふれすぎるものを小さな子供一人に背負わせて、さまざまな人のいる社会に旅立たせていくことへの想像力が問われているようにも思われる。

顔文字も可愛いが、あくまでもその場で使う本人の問題であった。無論、こういう名前は昔からあったことは忘れてはならない。それらのお陰で、どんどん名前を覚えてもらって自分らしく生きていけるというケースもなくはなかった。何かにとって最適とは何か、答えのない問いにそれぞれで熟慮していく必要がある。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。