携帯小説が大人気なのだそうです。だれでも手軽に読める一方で、ストーリーが陳腐、文章もまずいと、悪評も聞こえてきます。私はどうかというと、携帯小説はどれも一級品ぞろいだと思います。もっとも、新しい日本語の資料として、という意味ですが……。
「あ~!! 超お腹減ったしっ♪♪」というせりふで始まる美嘉『恋空』も、注目すべきことばに満ちています。そのひとつを紹介しましょう。
〈「何一人で笑ってんだよ!?」/教室に戻ってにやけていると、/前の席のヤマトがその様子を見かねて振り向いた。〉(前編・337)
友人らの希望する卒業後の進路が自分と同じなので、ヒロインは自然に笑いが込み上げてくるというのです。その場面で「にやける」という動詞を使っています。
「にやける」を主な辞書で引いてみると、「男がなよなよして、女のようなようすを見せる」というふうに書いてあります。男色の対象の少年「若気(にやけ)」から来たとも言います。「にやけた若者」といえば、おしゃれだが、でれでれして頼りない男ということで、『恋空』で使われているような「にやにやする」という意味は、本来ありませんでした。「にやにや」の「にや」と同音なので、いつしかまぎれたのでしょう。
『三省堂国語辞典』では、すでに初版(1960年)で「にやにやする」の意味をとらえており、〈〔男が〕変にしゃれたり(にやにやしたり)して男らしくないようすをする。〉と記しています。今日でも、ほとんどの辞書には「にやにやする」の意味は書かれていませんから、『三国』初版の語釈はきわめて先駆的だったと言えます。もっとも、上記では「男が」と限定されていますが、今日の用例を見ると、特に性別には関係ありません。そこで、第六版では、次のようにブランチ(意味区分)を分けました。
〈1 〔男が〕変にしゃれたりして男らしくない ようすをする。「にやけ(た)男」 2 〔あやまって〕にやにやする。「にやけづら」〉
最近、大東文化大学の中道知子氏のゼミが、現代の「にやける」がどのように理解されているかについて研究発表を行いました(第33回語彙・辞書研究会 2008.6.14)。主要な国語辞書の「にやける」の語義が現状と合わないなかで、唯一、『三国』だけが新しい語義を記している点が評価されました。私たちとしては冥利に尽きることでした。