人名用漢字の新字旧字

第220回 「渾」は常用平易か(前編)

筆者:
2020年12月10日

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を文部大臣に答申しました。しかし、この当用漢字表に「渾」は含まれていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「渾」は収録されないままでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「渾」は子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀が過ぎ、平成12年12月8日、国語審議会は表外漢字字体表を答申しました。表外漢字字体表は、常用漢字(および当時の人名用漢字)以外の漢字に対して、印刷に用いる字体のよりどころを示したもので、1022字の印刷標準字体と22字の簡易慣用字体が収録されていました。この印刷標準字体の中に、「渾」が含まれていました。印刷物には、印刷標準字体の「渾」を使うべきだ、というのが国語審議会の答申だったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213 (平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。「渾」は、全国50法務局のうち1つの管区で出生届を拒否されていて、JIS第2水準漢字で、出現頻度数調査の結果が191回でした。この結果、「渾」は人名用漢字の追加候補になりませんでした。「渾」は「常用平易」ではない、というのが人名用漢字部会の結論だったのです。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50~199回 1~49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8~10 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6~7 JIS第1~3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0~5 JIS第1・3水準 - -

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、「渾」を収録していました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、「渾」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、「渾」はダメだったのです。

(後編につづく)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。