タイプライターに魅せられた男たち・第18回

フランク・エドワード・マッガリン(8)

筆者:
2011年12月22日

1888年9月4日、マッガリンはシカゴにいました。クラーク通りとワシントン通りの交差点南東角にあるメソジスト教会ビルの一室で、タイプライターのトライアルをおこなうためです。この日の正午、集まったタイピストや速記者の前で、マッガリンは、新聞記事をタイプライターでコピーするトライアルを、最初におこないました。1分間のトライアルで、マッガリンは95ワードを打ち、間違いは3つだけでした。次にマッガリンは、裁判記録の口述タイピングをおこないました。やはり1分間のトライアルで、マッガリンは108ワードを打ち、間違いは3つでした。マッガリンは最後に、目隠しをして口述タイピングをおこないました。この1分間のトライアルでも、マッガリンは107ワードを打ちました。目隠しをしていてもしていなくても、マッガリンのタイピングスピードはほとんど変わらない、ということを、シカゴのタイピストたちに示したのです。

翌9月5日、デメントの提案で、マッガリンのタイピングスピードを、公式な記録として残すことになりました。午後8時、メソジスト教会ビルに集まった約75人の証人と、3人の審判の前で、マッガリンは5分間の口述タイピングをおこないました。裁判記録の読み上げは、デメント自身がおこないました。マッガリンは5分間に583ワードを打ち、誤りを除いた結果は575ワードでした。1分あたり115ワードという新記録を、マッガリンは打ち立てたのです。さらにマッガリンは、目隠しをして口述タイピングをおこないました。この日のマッガリンは、かなり調子が良く、1分間に125ワードを打ち、間違いは3つだけでした。

7週間に渡るマッガリンの夏季休暇は、こうして終わりました。ソルトレークシティに帰ったマッガリンは、かなりの熱狂を持って迎えられました。ソルトレークシティでは、いくつかのタイプライターコンテストが予定されており、それらにマッガリンは特別ゲストとして招待されたのです。

そんな中、マッガリンは、かねてからの計画を進めることにしました。速記とタイピングの専門学校を、ソルトレークシティに開校しようというのです。校長はもちろんマッガリンで、速記についてはグラハム式速記を、タイピングについてはマッガリン自身のタイピング法を、それぞれ教授する予定でした。ただ、グラハム式速記は教則本があるものの、マッガリン自身のタイピング法は、もちろん教本になどなっていません。そこでマッガリンは、自身のタイピング法を、雑誌記事の形で掲載することにしました。すなわち、人差指は1、中指は2、薬指は3、そして小指は4、という形で、典型的な単語の指づかいを示していったのです。

マッガリンの指づかい(The Phonographic World, 1889年1月号) ※experimentalの指づかいは誤植の可能性あり
マッガリンの指づかい(The Phonographic World, 1889年1月号) ※experimentalの指づかいは誤植の可能性あり

(フランク・エドワード・マッガリン(9)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。